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駒形嶽の碑(箱根元宮)

 神奈川県足柄下郡箱根町の駒ヶ岳山頂の箱根元宮にある、駒形嶽の碑を解読してみました。

駒形嶽の碑

【碑文】
(表)
駒形嶽
   登山紀念
駒形嶽ハ往昔般若峰ト称ヘ駒
形権現鎮座ス故ニ名付ト箱根
神社ニ駒形神トテ合祀スルハ即チ
是也東鑑ニイフ仁治二年七月僧
隆■鎌倉将軍頼経ノ■ヲ奉ジテ
當嶽ニ参籠シテ十六会■轉読■
ト有 聊■碑■■シテ■■電覧ニ共ス

(裏)
大正七戊午年七月(※以降判読できず)

※■は解読できず。

 判読できない文字が多かったので現代語訳は断念。この石碑は山頂の風雪にさらされてきたため保存状態はお世辞にも良いとは言えず、しかも足場が悪くて近寄ることもままならなかったため、解読できないところが多くなってしまいました。
 さて、碑文の内容ですが、紀念は記念に同じ。東鑑は『吾妻鏡』のことか。
 碑文の前半では駒形嶽(駒ヶ岳)の歴史を簡略に記し、後半では歴史書の引用と建碑の経緯を記しています。それにしても般若峰とは仏教的な名前ですな。

駒ヶ岳の碑(駒ヶ岳)

 神奈川県足柄下郡箱根町の駒ヶ岳にある、駒ヶ岳の碑を解読してみました。

駒ヶ岳の碑

【碑文】
(表)
かながわの景勝50選
駒ヶ岳

(裏)
昭和54年9月
   真鶴産小松石

 「かながわの景勝50選」は、1979年(昭和54年)に神奈川県の代表的な景勝地50箇所を選定したもの。他に有名なところだと、三渓園や小田原城などがあります。
 駒ヶ岳山頂からは芦ノ湖を見下ろすことができ、天気が良ければ富士山を眺められることも。たしかに景勝ですな。
 それから、神奈川県南西部に真鶴町あり。碑文の「真鶴産」とはここのことだと思われます。

二十三夜尊の碑(宗保院)

 東京都町田市の宗保院にある、二十三夜尊の碑を解読してみました。

二十三夜尊の碑

【碑文】
開運出世/厄除 二十三夜尊

 二十三夜尊? そんな神仏の名前があったかな?(※)
 そこで少々調べてみると、この碑は二十三夜塔(月待塔)というものらしく、二十三夜講(月待講)の供養塔のようです。ああ、庚申塔の親戚みたいなものか(適当)。

※薬師三尊や釈尊などから神仏を連想しました。そもそもこの碑があるのは仏教寺院であるから、そのような連想が働くのは無理からぬこと。

本尊南無千手観世音菩薩の碑(宗保院)

 東京都町田市の宗保院にある、本尊南無千手観世音菩薩の碑を解読してみました。

本尊南無千手観世音菩薩の碑

【碑文】
小田急沿線/武相観世音 第十一番靈場
本尊南無千手観世音菩薩
     曹洞宗金森山宗保院

 この宗保院が、小田急沿線武相観世音霊場の第11番であることを示す碑。そこでこの観音霊場について調べようとしたら、そんなものは見当たらず、その代わりに宗保院は武相卯歳観音霊場四十八ヶ所の第39番であることが判明しました。
 愚考するに、昔は小田急沿線武相観世音霊場なるものが指定されていたものが、いつしかなくなってしまって、この石碑にその名残をとどめている…といったところでしょうか。

敷石供養塔の碑(宗保院)

 東京都町田市の宗保院にある、敷石供養塔の碑を解読してみました。

敷石供養塔の碑

【碑文】
敷石供養塔
  大應大和尚住山五十年記念

 この場合の山は寺のことで、大應という大和尚が寺に住んで50年を記念したもの。敷石供養塔ということは、寺の参道の敷石を新設もしくは張り替えたものと思われます。

山門(浄運寺)

 東京都町田市の浄運寺の山門の碑文を解読してみました。

山門

【碑文】
(向かって右・表)
法要山

(向かって右・裏)
大正十四乙丑年十二月建立
   法要山廿八傳燈
    真厚院日要代
       総檀方中

(向かって左・表)
浄運寺

身延
 日布(花押)

(向かって左・裏)
建築委員

矢部昌治
山本長吉
石井嘉兆
武藤經三
井上萬吉
井上為造
井上唯房
柿島浅吉
中島徳次郎
大貫松五郎
小林小一
境勝郎

武川幸之助
小川太右エ門
矢部喜三郎
矢部吉五郎
矢部佐七郎
込山徳太郎
大澤運太郎
大貫藤吉
齊藤弥吉
高澤喜久治
松本房吉
曽我喜助

檀家総代

武藤静三
武藤清太郎
武藤修
天野彦蔵
土方柳之助

 揮毫者の日布とは、杉田日布(1856-1931)。杉田日布は身延山久遠寺第81世法主で、石橋湛山の実父。従って肩書きの「身延」とは身延山久遠寺のことです。
 ところでこれは余談なのですが、私は当初、日布を「日市」と読んでしまいました。後日、写真をよくよく見ると市じゃなくて布だと気付きました。これは気付けてよかったですわ。
 尚、大正14年(1925年)12月は、金大中(韓国の大統領)が生まれています。

塀の碑(浄運寺)

 東京都町田市の浄運寺にある、塀の碑を解読してみました。

塀の碑

【碑文】
(向かって右)
宗祖日蓮大聖人
 御降誕八〇〇年
    慶讃記念

平成二十六年甲午五月吉辰
  法要山傳燈
   第三十世教新日惠代

(向かって左)
 慶讃委員

石井弘徳  井上健一
天野宰
老沼稔   武川隆幸
小川尚孝  土方幸雄
柿島琢磨  武藤充
加藤孝一  矢部義恒
齊藤隼   矢部隆一郎
鈴木富美男
   副住職 室矢教惠

 ちょっと読みにくいところにあります。開門時には門扉の鉄格子越しに読む羽目に。
 それから、慶讃はよろこび讃えることで、ここでは宗祖(日蓮)の生誕800年を祝っています。
 尚、平成26年(2014年)に何があったのかというと、この碑が建てられた5月の前月の4月に、韓国でセウォル号事件が起こっています。

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日蓮

立教開宗七五〇年當山開山四二五年慶讃事業の碑(浄運寺)

 東京都町田市の浄運寺にある、立教開宗七五〇年當山開山四二五年慶讃事業の碑を解読してみました。

立教開宗七五〇年當山開山四二五年慶讃事業の碑

【碑文】
(表)
 立教開宗七五〇年/當山開山四二五年 慶讃事業
一、本堂内装及び屋根銅板葺替
一、仏像修復
一、書院、庫裡新築
一、妙見堂新築
一、浄運寺会館新築

(裏)
総代
  武藤利明
  石井弘徳
  井上健一
(中略)
  斎藤隼
  鈴木富美男
  武川隆幸
  土方昴
  武藤栄
  矢部義恒
  矢部隆一郎
檀家一同
 平成十六年十月吉辰
 法要山第丗世自浄院日惠代
       石工
       (有)石清石材

 慶讃とはよろこび讃えること。又、當山とはこの碑がある浄運寺のことで、浄運寺は日蓮宗に属するので、立教開宗とは日蓮が日蓮宗を開創したことを指します。
 それから碑文裏面に「(中略)」とした部分がありますが、ここは木の枝にさえぎられて読めなかったところです。さすがに部外者の私が勝手に枝を取り払うわけにはいかないので解読を断念しました。
 尚、平成16年(2004年)10月は、新潟県中越地震が起こっています。

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日蓮

弁財天像(母智丘神社)

 東京都町田市の母智丘(もちお)神社にある、弁財天像の碑文を解読してみました。

弁財天像

【碑文】
(上段)
     弁財天(べんざいてん)
 芸術財福の神。元来は「河川」を神格化したもので、音楽・弁舌・福智・延寿・除災・戦勝の女神として「弁才天」と記され、インドでは「吉祥天(きっしょうてん)」と共に最も崇拝される女神でした。
 後世になり「吉祥天」と混同し「弁財天」と記され、弁才を有して琵琶を奏でて仏徳を流布し、寿命増益・怨敵退散・財宝満足などの諸利益が有ると云われます。
             平成20年 原町田・七福会

(下段)
     原町田・七福神
恵比寿神(商売繁盛)―町田天満宮
布袋尊(家庭円満)――宗保院
寿老人(不老長寿)――勝楽寺
福禄寿(財宝守護)――町田商工会議所
毘沙門天(福寿増長)―浄運寺
弁財天(芸術財福)――母智丘神社
大黒天(五穀豊穣)――小田急東口広場

町田氏の中心商業地「原町田商店街」は、天正15年(1587)に開設された「二の市」が天保年間に六斎市「二・六の市」となり、諸物資の集散地として繁栄の基盤が築かれました。
 安政6年(1859)の「横浜開発」により、輸出品の花形「生糸」が運ばれた“絹の道”の中継地として発展し今日に至っています。
 昭和33年(1958)に誕生し“市制施行50周年”を迎えた「町田市」と、歴史と伝統を有する「原町田商店街」の隆盛発展を祈念し、原町田地区内に福徳の神(七福神)を祭祀しました。

             平成20年 原町田・七福会

 原町田七福神の像の一つで、上段で弁財天の説明、下段で町田の歴史と原町田七福神の説明をしています。他の七福神の像は詳しく見ていないのですが、下段の文章は他の像も共通であると思われます。
 それから原町田七福神めぐりについても述べておきますが、実際にここから歩いて浄運寺や宗保院などにお参りしたり、地図をチェックした感触では、比較的お手軽な部類に入ると思われます。少なくとも、荏原七福神めぐりや藤沢七福神めぐりよりは移動距離が短いです。

【弁財天関連記事】
江島縁起 ~五頭龍様と弁財天様~
感戴碑(江島神社)
弁財天 童子像(江島神社)

奉納樹の碑(高尾山有喜苑)

 東京都八王子市の高尾山有喜苑にある、奉納樹の碑を解読してみました。尚、この碑は千手観音像の近くにあります。

奉納樹の碑

【碑文】
(正面)
菅谷 秀文・亮仁・実晴/明希子・茜・勇魚

奉納樹

西室 彰人・咲毅・世絆/真希・飛吾・魁乃

(背面)
令和三年四月植樹

 植樹の記念碑。
 奉納者として菅谷一家と西室一家の名前を記しているのですが、その中に、いわゆるキラキラネームと思しき名前があって、それは訓みがわかりませんでした。世絆は…ヨハンかな? と思って調べてみたら、セナ、セツナというらしい。なるほどわからん。
 キラキラネームの登場も、家族の名前を載せるという点も、時流を感じさせます。

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高尾山の石碑(目次)

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