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鈴木真治『巨大数』岩波書店

 巨大数に焦点を絞った数学史の本。一種の歴史書です。ですので、当記事は「書評(歴史)」に分類することにします。

 さて、本書は大まかに言って第1章が古代、第2章が近代、第3章が現代を扱っています。ただし、これはあくまで私の見立てです。人によっては例えば近代と現代の区分が異なるので、この見立てに賛同しかねる向きがあるかもしれません
 しかしそれはさておいて、気付いたことが一つ。中世はどこ行った?

【参考文献】
鈴木真治『巨大数』岩波書店

堀江宏樹・滝乃みわ『乙女の日本史 文学編』実業之日本社

 日本の文学史を乙女視線からとらえたもの。
 女性の恋愛を取り上げるのは無論のこと、腐女子目線の男色も健在。例えば『好色五人女』「恋の山源五兵衛物語」について書いたくだり。

 美女だけでなく、美少年も大好きだった井原西鶴が恋の舞台に選んだのは、男色のメッカ・薩摩でした。(P135)

 西郷隆盛×大久保利通のカップリングはさすがの私も知ってましたけど、薩摩が男色のメッカだったとは…たまげたでごわすなあ。
 ちなみに、井原西鶴の作品には『男色大鑑』というタイトルからしてそのものズバリのものがありますが、本書ではこれには言及していない模様。

【参考文献】
堀江宏樹・滝乃みわ『乙女の日本史 文学編』実業之日本社

『福井幕末ハンドブック ふくい幕末ゆかりの地を巡る』福井の文化国際発信実行委員会

 福井県ゆかりの幕末期の偉人たちを紹介したもの。掲載されているのは以下の通り。

(1)松平春嶽(P03)
(2)橋本左内(P04)
(3)由利公正(P05)
(4)横井小楠(P06)
(5)中根雪江(P06)
(6)関義臣(P07)
(7)村田氏寿(P07)
(8)梅田雲浜(P08)
(9)内山良休・内山隆佐(P08)

 (1)~(4)はさすがに知ってましたけど、他は…。まあ、(5)以降はマイナーな人物のようだから知らなくても仕方がないか。
 尚、(9)内山良休・内山隆佐はこちらのハンドブックによれば大野藩の再建に尽力した兄弟とのこと。ちなみに大野藩は現在の福井県大野市(福井県の東部)にありました。

福井幕末ハンドブック ふくい幕末ゆかりの地を巡る

木村靖二『第一次世界大戦』筑摩書房

 本書にこんな記述がありました。

 両陣営とも、一六年には中立国を味方に付けるだけでなく、相手の国内や支配領域下の被抑圧民族や反体制勢力を支援して、相手の戦時体制を揺るがそうとする、いわゆる「革命化」政策を実行するようになる。(P132)

 正面切っての戦いでは決着が付かないので、このような迂遠な陰謀も駆使しなければならなくなったのでしょう。
 尚、引用文中にある中立国とはブルガリアやイタリアなどのことで、ブルガリアは同盟国側(ドイツ・オーストリア)に、イタリアは連合国側(イギリス・フランス)について途中参戦しています。
 さて、革命化政策についてですが、本書では一例として「アラビアのロレンス」(P133)を挙げています。これはアラン・ドロン主演の映画によって有名になっていますが、私は未見。そのうち観たいものです。
 ともあれ、戦争ともなれば挙国一致で…というのは理想であり、現実には各地で爆弾を抱えていたということですな。
 それではどんな成果があったかって? ロシアを見よ。
 ちなみにこういったことは現在も行われているようです。例えばアメリカ政府はダーイシュ(ISIS)打倒のためにシリアの反体制派やクルド人勢力を支援しています。

【参考文献】
木村靖二『第一次世界大戦』筑摩書房

【関連記事】
別宮暖朗『第一次世界大戦はなぜ始まったのか』文藝春秋
フォルカー・ベルクハーン『第一次世界大戦 1914-1918』東海大学出版部(1)
フォルカー・ベルクハーン『第一次世界大戦 1914-1918』東海大学出版部(2)
フォルカー・ベルクハーン『第一次世界大戦 1914-1918』東海大学出版部(3)
フォルカー・ベルクハーン『第一次世界大戦 1914-1918』東海大学出版部(4)

小川原正道『西南戦争 西郷隆盛と日本最後の内戦』中央公論新社

 本書は様々な文献を引用しているのですが(巻末の参考文献だけでも物凄いことになっている)、引用文の多くは古文(漢文)の知識が必要です。孫引きになりますが、一例として引用します。

拙者共事、先般御暇の上、非役にして、帰県致し居り候処、今般政府へ尋問の筋有之、不日に当地発程候間、為御含、此段届出候。尤旧兵隊之者共、随行、多数出立致候間、人民動揺不致様、一層御保護及御依頼候也。(『西南記伝』)(P56)

 上記の引用文は西郷隆盛・桐野利秋・篠原国幹連名の届出で、大山綱良鹿児島県令に提出したものですが、一読しておわかりいただけたでしょうか? 私なりに現代語訳してみました。

 我々(西郷・桐野・篠原)は以前、官職を辞して鹿児島県に帰郷しておりましたが、只今、中央政府に尋問したいこと(西郷隆盛暗殺計画)があるので、急きょ出立することになりました。そのことを知っておいていただきたいので、このことを届け出ました。それから、多数の元兵士たちが我々に随行して出立している間、人民が動揺しないよう、一層の(人民の)保護をお願いいたします。

 この場合、書き手や読み手は無論のこと、引用者(小河原正道)も古文の知識が当然のようにあるのでしょう。だから本書には現代語訳が付いていない。私は彼らほどではないが、とりあえず上記の如く現代語訳しておきました。

 ちなみに現代語訳の際に意味をわかりやすくするために補った言葉の中に西郷隆盛暗殺計画なるものがありますが、これについて少々説明させていただきます。
 中央政府は中原尚雄ら約20名の視察団を鹿児島に派遣していたのですが、西郷一派(私学校党)は彼らが西郷隆盛を暗殺しようとしているとしてこれを捕え、拷問。「自供」を引き出します。
 ただし、中央政府側は暗殺計画を否定しています。
 尚、本書では「実態はみえにくく、真相はなお闇のなかというほかないが」(P46)としつつ、「中原の不用意な発言が極度の緊張下にあった私学校側を憤激させ、あるいは利用され、拷問と口供書作成に結びついたというのが実態に近いのかもしれない」(P46)と推測しています。
 愚考するに、もしも視察団が西郷隆盛暗殺の挙に出たとしたら、成功・失敗いかんを問わず、怒り狂った西郷シンパによって血祭りに上げられていたでしょうな。

【参考文献】
小川原正道『西南戦争 西郷隆盛と日本最後の内戦』中央公論新社

【関連記事】
半次郎
池波正太郎「賊将」

アンソニー・トゥー『サリン事件の真実』新風舎

 著者はアメリカの科学者であり、毒物、化学・生物兵器の専門家です。
 そのため、本書は松本サリン事件・地下鉄サリン事件を科学の視点から述べており、科学の知識、それもその方面(毒ガス)の知識がないとちょっと厳しい。一つ引用してみます。

 松本で使われたサリンは三塩化リンから五ステップで精製され、最終的に高純度のサリン製造に成功している。一方、東京地下鉄に使われたサリンは一歩手前のジクロロメチルホスホン酸からつくったので、一晩で急造された。(P85)

 おわかりいただけただろうか? もちろん、わかる人にはわかるんでしょう(私はわかりませんでした)。
 ともかくも、本書は飽くまで科学の視点で書かれているので、「なぜ事件は起こったのか?」「宗教的意義は?」「社会的背景は?」などといった、いわゆる文系的な疑問には答えてくれない。もちろん科学も一面の真実であることに違いはありませんが、上記のような疑問をお持ちの方は他を当たるべし。

【参考文献】
アンソニー・トゥー『サリン事件の真実』新風舎

西村誠『家康が毒殺した10人の武将』双葉社

 本書において、徳川家康が毒殺したとされる10人は以下の通り。

・堀秀政
・豊臣秀長
・蒲生氏郷
・前田利家
・黒田官兵衛
・結城秀康
・真田昌幸
・加藤清正
・池田輝政
・浅野幸長

 ただし、家康が毒殺したという証拠も証言もなく(※)、著者(西村誠)の推測だけで筆を進めています。
 前田利家、黒田官兵衛、真田昌幸は高齢だったから寿命が尽きたのだと見ることができるし、豊臣秀長、加藤清正、浅野幸長は病気を患っていたのだから病死じゃないですかね。
 ちなみに著者は石川数正について、「享年六十一だったというが、老衰という歳でもない。」(P79)などと述べていますが、当時の平均寿命は現代よりも短く(それこそ「人間五十年」の世界だ!)、これでも長生きした方ですぞ。

※加藤清正の毒饅頭ならば、噂レベルで存在する。ただし、飽くまで噂レベルなので、せいぜい時代小説や時代劇で採用されるのが関の山。

【参考文献】
西村誠『家康が毒殺した10人の武将』双葉社

安野眞幸『教会領長崎 イエズス会と日本』講談社

天正八年(一五八〇)、大村氏より長崎を寄進されたイエズス会。
彼らは寺社勢力のように、都市・流通機構を支配し、
南蛮貿易から巨富を得た。
<約束の地>長崎を安定化させるために、
武装化・軍事化路線を進んだ彼らが取った戦略とは?
一五八七年の豊臣秀吉の「バテレン追放令」まで、
日本史上大きな画期をなす<教会領>の時代を捉え直す。

(裏表紙の紹介文より引用)

 私の場合、このことは高校の日本史の授業でちょっとだけ学んだ記憶があります。なにぶん昔のことなのであまり憶えていませんが、たしか長崎が借金のカタに取られてイエズス会の領地になっていたとか。記憶違いだったらすいません。
 しかし本書によると大村純忠(ドン・ベルトロメウ)からの寄進であり(P92-93に寄進文書を掲載)、大村氏とイエズス会のそれぞれの思惑により成り立ったものと解されています。

 それはさておき、本書の前半は経済の話が多く出るので、その方面に疎い人には少々とっつきにくいかもしれません。しかしながら、そもそも長崎は海外との貿易港であるから、貿易(特に南蛮貿易)を取り上げるのは当然で、必然的に経済の話にならざるをえないのです。
 又、イエズス会がこの南蛮貿易で相当儲けていたことも見逃せません。どれくらい儲けていたのかは本書の試算をお読み下さいとしか言いようがありませんが、どうやら「裏帳簿」もあったらしい(P110)。

【参考文献】
安野眞幸『教会領長崎 イエズス会と日本』講談社

鶴間和幸『人間・始皇帝』岩波書店

 始皇帝時代の竹簡(睡虎地秦簡、里耶秦簡など)や兵馬俑坑などの調査から、司馬遷の「『史記』の読み直しを行い、始皇帝の人間としての実像に迫」(P7)ろうというもの。
 ただ、どこまで彼の人間像に迫れたのかというと、まだまだ途上にあると言わざるをえません。例えば始皇帝御製の詩でも発見されたのならともかく、末端の役所の通達なんかでは「雲の上の人」の実像なんて知りようがないし、これまで知られていなかった歴史書が発掘されたとしてもその書の信憑性が低ければ「そういう異説もあった」程度で片付けられてしまいます。
 しかしながら、彼の名前が「政」ではなくて「正」だというのは驚きでしたな。どうして本来は「正」なのか、そしてなぜ今は「政」になっているのかについての長い説明は本書に譲りますが、これが定説となれば世界史の教科書の書き換えが必要になってくるでしょう。

【参考文献】
鶴間和幸『人間・始皇帝』岩波書店

奥富敬之『義経の悲劇』角川書店

平家滅亡後、兄頼朝に打ち捨てられ、逃走と放浪の末、薄幸の生涯を終えた、という人物像が巷間に流布する義経。はたして、それは本当なのか。大きな歴史のうねりの中で翻弄され続けた義経の知られざる実像を、頼朝の思想との対比を通して史実に沿って検証。真実の義経像に迫る。(裏表紙の紹介文より引用)

 「政治性欠如の武将、義経」(P152)。彼の印象はこの語に尽きる。
 もしも源義経に多少なりとも政治的センスがあったならば、兄・頼朝が目指していた武家政権樹立の重要性を理解できたかもしれないし、あるいはたとえ理解できずとも鎌倉との確執を回避できたのではないか(※)。本書を読み終えてふとそんなことを思いました。
 そういえば、私も当ブログにて源義経を扱った作品を色々と取り上げてきましたが、それらはいずれも「政治家・源義経」としては描いていません。鶴岡八幡宮の造営、京の治安維持、朝廷との折衝など、政治手腕が問われることもやっているのですが、そちらの方面は注目されていないようです。

※ただ、もしも生き永らえていたとしても、頼朝の死後に北条氏との権力闘争に敗れて粛清されたかもしれません。

【参考文献】
奥富敬之『義経の悲劇』角川書店

【関連記事】
高木卓訳『義経記』河出書房新社(1)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(2)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(3)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(4)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(5)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(6)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(7)
高木卓訳『義経記』河出書房新社(8)
江戸歌舞伎「御摂勧進帳(ごひいきかんじんちょう)」
舞の本「未来記」
浄瑠璃「浄瑠璃御前物語」
浄瑠璃「牛王の姫」
謡曲「鞍馬天狗」
謡曲「舟弁慶」
謡曲「熊坂」
虎の尾を踏む男達

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