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板橋驛之碑(板橋駅西口広場)

 東京都板橋区の板橋駅西口広場にある、板橋驛之碑を解読してみました。

板橋驛之碑

【碑文】
   板橋驛之碑
由緒ある中山道の板橋宿にそ
の名を負う板橋駅は明治十八
年三月一日日本鉄道株式会社
に依り品川渋谷目白赤羽の各
駅と共に開設され同三十九年
十一月十日鉄道国有法により
国有となる同四十二年十二月
二十六日よりは汽車電車の併
用運転を実施と付近住民の利
便を更に高め地域の発展を大
きく促す誰かその業績に対し
讃辞を惜むものがあろうか星
霜既に一世紀ここに板橋駅開
業百周年に当り碑を建て由来
を刻し以て後世に伝うと言う
 昭和六十年三月吉日 建
          板橋区

 この碑文は句読点がなく、その上、昭和60年(1985年)の作品にしては文章が古めかしい。少々読みにくいです。
 ともあれ、内容を簡単に説明すると、鉄道の板橋駅の成り立ちと発展を簡潔に記しています。それを年代順に記すと以下の通り。

明治18年(1885年)       板橋駅開設。
明治39年(1906年)11月10日 国有化。
明治42年(1909年)12月26日 汽車と電車の併用運転を実施。
昭和60年(1985年)3月     この碑を建てる。

【鉄道関連碑】
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りんりんちゃん像(板橋駅西口広場)

 東京都板橋区の板橋駅西口広場にある、りんりんちゃん像の碑文を解読してみました。

りんりんちゃん像

【碑文】
(台座・正面)
ようこそ板橋宿へ
 ~りんりんちゃん~

(台座・左面)
寄贈 羽黒石材商工業協同組合
強力 JA北つくば岩瀬支店青年部
協賛 茨城県桜川市
彫刻 浅賀 正治

(傍の碑)
茨城県桜川市は、平成八年に結ばれた防災時相互援助協定を機に、
板橋区との交流が始まりました。
その後、板橋区民まつりを始まりとしたイベントに参加し、
桜川市の特産品である石材製品および農産物のPR、販売をとおして
親睦を深めました。
この度、板橋区のご協力をいただき、より一層、両地域の発展と親交
を目的とし、茨城県桜川市内羽黒石材商工業協同組合より桜川市
産出みかげ石を使用した、観光キャラクター「りんりんちゃん」を
寄贈しました。              平成二十一年 五月
            茨城県桜川市羽黒石材商工業協同組合

 東京都板橋区と茨城県桜川市の交流を示す像。桜川市は茨城県の西部に位置し、雨引観音や真壁城跡などがあります。
 それから、りんりんちゃんは板橋区のキャラクター。緑色のゆるキャラです。
 尚、平成21年(2009年)5月は、スリランカ内戦が終結しています。

むすびのけやきの碑(板橋駅西口広場)

 東京都板橋区の板橋駅西口広場にある、むすびのけやきの碑を解読してみました。

むすびのけやきの碑

【碑文】
(正面)
板橋宿/中山道 むすびのけやき

(左面)
中山道開闢四百年/区制施行七十周年 記念事業

(右面)
中山道未来意(ママ)産ネットワーク
板橋区

(背面)
平成十四年十月吉日

 植樹の記念碑。
 中山道は江戸時代に整備された街道で、板橋宿は中山道の宿場の一つ。
 尚、平成14年(2002年)10月は、バリ島爆弾テロ事件やモスクワ劇場占拠事件が起こっています。

吾輩は猫であるの碑(お茶の水小学校)

 東京都千代田区のお茶の水小学校にある、吾輩は猫であるの碑を解読してみました。

吾輩は猫であるの碑

【碑文】
(表)
吾輩は猫である
 名前はまだ無い
 明治十一年 夏目漱石
      錦華に学ぶ

(裏)
(※解読できず)

 遠くから見ると裏面に何か書いてあるようでしたが、裏側に回ることができなかったので、裏面の碑文は解読できませんでした。
 さて、傍に立つ説明板によると、夏目漱石が錦華小学校に転校したとの記述があります。碑文の「夏目漱石/錦華に学ぶ」はこのことを指しています。
 尚、その錦華小学校ですが、お茶の水小学校の公式サイトによると、錦華小学校は平成5年(1993年)に小川小学校・西神田小学校と統合してお茶の水小学校になりました。
 それから、碑文の「吾輩は猫である/名前はまだ無い」は、夏目漱石の代表作『吾輩は猫である』の冒頭部分です。

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錦華の百年の碑(お茶の水小学校)

 東京都千代田区のお茶の水小学校にある、錦華の百年の碑を解読してみました。

錦華の百年の碑

【碑文】
(表)
錦華の
 百年
 昭和四十七年五月

(裏)
(※解読できず)

 遠くから見ると裏面に何か書いてあるようでしたが、裏側に回ることができなかったので、裏面の碑文は解読できませんでした。
 さて、碑文にある錦華とは錦華小学校のことで、錦華小学校は前身となる久松学校が明治6年(1873年)に開校し、平成5年(1993年)に小川学校・西神田小学校と統合してお茶の水小学校となっています(錦華小学校の歴史はお茶の水小学校の公式サイトを参照)。
 尚、昭和47年(1972年)5月は、アメリカから日本に沖縄が返還されています。

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『HAKONEIKU vol.3 2025 秋・冬』小田急電鉄(株)観光事業開発部

 箱根の観光情報誌。
 特集は「箱根七湯の歴史に浸ろう」(P4-7)。箱根七湯を含む箱根十七湯を掲載。
 まず最初に、箱根七湯とは何か?

 江戸時代、箱根には湯元温泉をはじめとする七つの温泉湯があり「箱根七湯」と呼ばれていました。(P4)

 次に、箱根十七湯とは何か?

 さらに明治以降は保養・観光開発が進み「箱根十七湯」へと発展を遂げました。(P6-7)

 箱根は温泉だらけ。それだけ火山活動が活発だということがわかります。又、人口の多い都心部(東京)に比較的近いことから開発が進んだという面もあるのでしょう。

HAKONEIKU vol.3 2025 秋・冬

『京王ニュース 2025 9<No.847>』KEIO

 「古墳へ行こ!」と題して、本紙1-2面に以下の古墳を掲載。

国史跡 武蔵府中熊野神社古墳
高倉塚古墳
猿楽塚古墳
芝丸山古墳
出山横穴墓群8号墓
自然科学研究機構 国立天文台 天文台構内古墳

 どれも行った記憶がない。いえね、狛江の方にある古墳なら行ったことがあるんですけどね。
 当ブログでは古墳関連の石碑を解読しているので、下に記事へのリンクを貼っておきます。

狛江亀塚の碑(亀塚古墳公園)
都史跡兜塚古墳の碑(狛江市)

京王ニュース 2025 9<No.847>

『こうとうトコトコ日和 2025夏号』一般社団法人 江東区観光協会

 本誌P15に「平賀源内電気実験の地(区登録史跡)」を掲載。本誌の記事によると、平賀源内はエレキテルを復元修理し、「江東区内にあった自宅で度々実験を行い、人々に披露」し、「現在この地には、記念の碑が立ってい」るとのこと(いずれもP15より引用)。
 そこで本誌P8の地図で記念碑の所在地をチェック。清澄庭園の西です。なるほど、平賀源内が住んでいたのはここだったか。

こうとうトコトコ日和 2025夏号

想い出の佐久間の碑(千代田区立泉小学校・いずみこども園)

 東京都千代田区の千代田区立泉小学校・いずみこども園にある、想い出の佐久間の碑を解読してみました。

想い出の佐久間の碑

【碑文】
想い出の
 佐久間
この地に千代田区立佐久間小学校
    千代田区立佐久間幼稚園がありました。
           平成五年三月三十一日

 かつてこの地に、千代田区立佐久間小学校と千代田区立佐久間幼稚園があったことを示す碑。現在ここにあるのは、千代田区立泉小学校と千代田区立いずみこども園です。
 尚、平成5年(1993年)3月31日は、福岡ドームが竣工しています。

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陸軍戸山学校跡碑(戸山公園)
吾輩は猫であるの碑(お茶の水小学校)
早稲田大学校歌碑(早稲田大学早稲田キャンパス)

和泉公園誕生之碑(和泉公園)

 東京都千代田区の和泉公園にある、和泉公園誕生之碑を解読してみました。

和泉公園誕生之碑

【碑文】
(表)
和泉公園
誕生之碑
 
この公園は東京食糧
事務所跡地を昭和四
十六年秋葉原東部地
区の八町会と佐久間小
学校PTA、幼稚園母
の会が協力し、地域の
緑の広場として、又、
災害時に於ける避難
場所として活用すべく
四年有余の年月をかけ
た住民運動が実り、千
代田区が「和泉公園」と
して整備した。
之れを記念して此處に
公園誕生の碑を建立す。
 昭和六十二年十二月
 
山中賢石書

(裏)
官公庁
有澤精一郎
加藤清政
川俣光勝
高橋銑一
遠山景光
武田吉男
市橋幸憲
 
佐久間町一
阿部正
阿部八重子
川上誠一
川上信子
亀谷延子
齋藤テイ
(※以下、氏名・法人名多数につき、これを省略)
 
和泉公園誕生碑建立之会

 石碑の氏名をいくつか検索してみると、加藤清政は当時の千代田区長、遠山景光は前千代田区長(当時)、高橋銑一は元千代田区長でした。又、川俣光勝は東京都議会議員を務めていたことが判明しました。
 尚、昭和62年(1987年)12月は、女優の倉科カナが生まれています。

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