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銅像釈迦如来坐像(天王寺)

 東京都台東区の天王寺にある、銅像釈迦如来坐像(天王寺大仏)の碑文を解読してみました。

銅像釈迦如来坐像

【碑文】
(台座・正面)
大聖釈迦牟尼如来

(台座・背面)
大像ハ元禄三年仲夏(※1)
主日遼代ニ鋳造シ舊本
堂右側ノ地ニ建設スル所ナリ
明治七年政府當寺ニ命シ
テ境内ヲ上地セシメ而シテ谷
中墓地ヲ開設セラルゝニ及ひ
大像ハ該墓地ノ西隅ニ遺存
スルニ至レリ肇造以來二百
四十餘年ヲ閲シ尊容漸ク
毀損シ加ルニ近年屢災ニ罹
ルヲ以テ昭和八年四月財團
法人天王寺常住會ハ經費
全額ノ支出ヲ議決シ六月
聖像ヲ此地ニ奉遷シ修理
ヲ加ヘ臺座ヲ築造シ之ヲ永
久ニ保存シ日夕(※2)ニ供養スル
コトト為セリ願クハ此修善
ヲ以テ久遠實成ノ内證ニ
廻向シ法界ノ群類悉ク一
乘ノ法雨ニ潤ヒ自他齊
シク妙法ノ心蓮ヲ開カンコトヲ
悃祈(※3)スト云フ
 昭和八年七月

※1.陰暦5月。
※2.朝と夕。
※3.一途に祈る。

【現代語訳】
 大仏の像は元禄3年(1690年)5月、住職・日遼の代に鋳造し、旧本堂の右側に建設したものである。
 明治7年(1874年)、日本政府は当寺に命じて境内の土地を召し上げ、谷中墓地を開設するに至って、大仏の像はその墓地の西の隅に残ることになった。
 これが造られてから240余年が経ち、(大仏の)尊い姿が段々損なわれてきたのに加えて、近年は幾度か災害に遭ったので、昭和8年(1933年)4月、財団法人天王寺常住会は(修復)費用全額の支出を決議して、6月に大仏をこの地に遷座し奉り、修理して、台座を造ってこれを永久に保存し、朝夕に供養することにした。(略)
 昭和8年(1933年)7月

 現代語訳の「(略)」とした部分に仏教用語が頻出して私の手には負えなかったので、現代語訳を断念しました。私が読んだ感じでは大体、この大仏で衆生済度を願う、といったような意味じゃないかと思います。
 ところで、碑文中の「明治」の「明」がおかしなことになっていました。

明治

 明の字の偏が日じゃなくて目になっています。どうしてこうなった。

山号碑(天王寺)

 東京都台東区の天王寺の山号碑を解読してみました。

山号碑

【碑文】
(正面)
護國山天王寺

(右面)
昭和七年五月建之
    當山十七世尭堂代

(左面)
宗祖傳教大師親作
毘沙門天王

(背面)
爲高木家先靈冥福 施主高木菊松

 天王寺の境内には毘沙門天堂があり、谷中七福神めぐりではここは毘沙門天が配されています。それから碑文中の伝教大師とは天台宗の開祖・最澄のこと。
 尚、昭和7年(1932年)5月は、五・一五事件が起こっています。

海軍第十四期専修飛行予備学生の碑(源覚寺)

 東京都文京区の源覚寺にある、海軍第十四期専修飛行予備学生の碑を解読してみました。

海軍第十四期専修飛行予備学生の碑

【碑文】
雲ガハシル
学徒ガ征ク
 空ニ
同期ノ華
 参千六百
昭和六十三年戊辰八月十五日建之
 廿四世徳誉發願廿五世真誉代

 この碑の傍に説明板があり、この碑の名称「海軍第十四期専修飛行予備学生の碑」はその説明板に書いてあったものです。
 それから、詳細はその説明板の記述に譲るとして、ここでは簡単に述べると、源覚寺第24代住職・三好徳誉祐昭はかつて海軍第14期専修飛行予備学生として学徒出陣し、生き残ったとのこと。
 学徒出陣で出征した者たちの顕彰碑であると同時に、英霊の鎮魂碑であるとも言えます。

指塚(傳通院)

 東京都文京区の傳通院にある、指塚の碑文を解読してみました。

指塚

【碑文】
(台座正面・上)
指塚

(台座正面・下)
  銘
指もてもろもろの病を癒やし
人びとに慶びと救いを与え先
きに逝かれし指聖の御名をと
どめその御霊に後継ぎし者等
の誠を捧げその功徳を永えに
讃えんとてこの塚を建つ
  昭和四十五年九月二十三日
     日本指圧協会
      会長 浪越徳次郎
       外同志一同

(側面)
(※銘板に合祀者の氏名を記す。氏名多数につき、これを省略)

 「指もてもろもろの病を癒やし」というのは、マッサージ・按摩の類か。
 ちなみに昭和45年(1970年)9月は、ソニーがニューヨーク証券取引所に上場しています。

社号標(牛天神北野神社)

 東京都文京区の牛天神北野神社の社号標を解読してみました。

社号標

【碑文】
(表)
北野神社
 官幣中社北野神社宮司松平静謹書

(裏)
皇紀二千六百年記念 奉獻 荒井幾与
           石工 野村保泉

 皇紀は神武天皇の即位を元年とする年号で、皇紀2600年は西暦1940年(昭和15年)。
 1940年は第二次世界大戦の真っ最中で、この年に日独伊三国同盟が成立しています。

文海堂號三先生筆塚(牛天神北野神社)

 東京都文京区の牛天神北野神社にある、文海堂號三先生筆塚を解読してみました。

文海堂號三先生筆塚

【碑文】
(表)
文海堂號三先生筆塚

(裏)
天保二年/七月日 門人建之

 文海堂號三の名はちょっと調べてもわからなかったのですが、門人たちがこうして筆塚を建てたところを見ると、號三は文筆を生業(なりわい)としていた人だと思われます。
 それから、天保2年(1831年)は江戸時代後期で、この年に孝明天皇が生まれています。

【筆塚関連記事】
泉鏡花筆塚(湯島天神)
筆塚(哲学堂公園)

招福 仲よし童(大井蔵王権現神社)

 東京都品川区の大井蔵王権現神社にある、招福 仲よし童の碑文を解読してみました。

招福 仲よし童

【碑文】
招福 仲よし童
奉納八十歳記念
平成五年五月吉日
村上松右衛門

 同神社の社号標の奉納者名に「村上松右エ門」とあり、こちらの奉納者(村上松右衛門)と同一人物であると思われます。
 尚、平成5年(1993年)5月は、横浜・八景島シーパラダイスが開園しています。

社号標(大井蔵王権現神社)

 東京都品川区の大井蔵王権現神社の社号標を解読してみました。

社号標

【碑文】
(正面)
大井蔵王権現神社

(右面)
昭和五十三年一月一日建之奉納村上松右エ門

 同神社の境内にある「招福 仲よし童」像の奉納者名に「村上松右衛門」とあり、こちらの奉納者(村上松右エ門)と同一人物であると思われます。
 尚、昭和53年(1978年)1月は、テレビ朝日の時代劇『暴れん坊将軍』やTBSの音楽番組『ザ・ベストテン』が放送を開始しています。

ご遠忌法要記念の碑(不動院東光寺)

 東京都品川区の不動院東光寺にある、ご遠忌法要記念の碑を解読してみました。

ご遠忌法要記念の碑

【碑文】
(表)
東光寺開創四百五十年
ご遠忌法要記念

(裏)
平成六年十二月吉日
 東光寺第十八代住職
  福田廣忍建之

 石碑の配置を見ると、傍に樹があるので植樹の記念碑のように見えます。う~ん、よくわからん。
 ところで、平成6年(1994年)12月はフィギュアスケートの羽生結弦選手が誕生しています。

山号碑(不動院東光寺)

 東京都品川区の不動院東光寺の山号碑を解読してみました。

山号碑

【碑文】
(表)
天台宗
 東光寺

(裏)
令和二年五月吉日
第十九世 権大僧正 廣光

 令和二年(2020年)5月は、黒川弘務検事長が賭け麻雀で辞任しています。

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