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小泉八雲「悪因縁」

あらすじ…『牡丹燈籠』の幽霊の話を翻訳してみることにした。

 牡丹燈籠の幽霊譚は有名なのでここでは省略。お露という女性が死んで幽霊となってカランコロンと萩原新三郎のもとへ夜な夜な通い、そして遂には…とここまで書けば思い出す人もいることでしょう。
 さて、物語の最後の方で、作者(小泉八雲)は「新三郎は見下げはてた奴です」(P358)と、萩原新三郎に対して手厳しい評価をしています。その後も「新三郎は仏教徒です――後にも先にも、何百万の生があるのです。そして、冥界から戻ってきた娘のために、この浮世の生命さえ捨てようとしないほど利己的でした。いや、利己的というよりも、臆病だったのです。生れも育ちも侍なのに、坊主に頭を下げて幽霊から助けてもらわなければならなかった。どのみち、くだらない奴なのです」(P359)と非難を続けており、愛し合っているなら後追い自殺しろとでも言わんばかりです。
 いやいや、そう死にたくはなれませんよ。たとえ侍であっても。それに萩原新三郎が従容として死に赴いたら、この話はここまで面白くなっていたのだろうかと思わないでもない。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

小泉八雲「人形の墓」

あらすじ…とある一家の父親と母親が続けざまに亡くなった。同じ年に一家の二人が死ぬと、必ずもう一人死ぬと信じられていたので、それを防ぐために人形の墓を建てなければならなかったが、人形の墓は作られなかった。

 この物語の語り手は11歳の少女「いね」で、彼女を連れてきた万右衛門が補足するという形で話が進みます。さすがに11歳の女の子では民間習俗の説明などは困難であるから、適当な解説役が必要になったのだと思われます。
 さて、同じ年に一家の二人が死ぬと必ずもう一人死ぬ、というのは俗信には相違ないと合理的に考えられますが、それで話をおしまいにしたら民俗学は始まらない。なぜそうなると信ぜられるようになったのか?
 愚考するに、家族を一人失えば悲歎は大きい。そして不幸にして短期間の内に更にもう一人失えばその悲歎は更に大きくなる。精神的負担たるや相当のもので、又、貧乏な家ならば働き手の喪失による経済的困窮も甚しく、これらにより身を損ない寿命を縮めてしまって三人目に連なる者も出たのではないかと想像します。
 それから、人形の墓を作るということは、当面の間はこれ以上は一家の誰も死なないと思わせる心理的効果が期待でき、それが心の「張り」ともなったことでしょう。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

小泉八雲「雪おんな」

あらすじ…茂作と巳之吉という二人の木樵が山で吹雪に遭い、渡し守の小屋に一泊する。夜、そこへ雪おんながやってきて茂作の命を奪い、巳之吉に今夜見たことを誰かに言ったら殺すと告げて去る。

 私はこの「雪おんな」の話を、北国の話だと思い込んでいたのですが、後で知ったところによるとこれは青梅(東京都!)の話なのだという。今回改めて読み返してみると、冒頭に、

 武蔵の国のある村に、茂作と巳之吉という、二人の木樵が住んでいた。(P186)

 とあるのを発見。昔読んだはずなのにこれを失念していたとは!
 それではなぜ北国の話だと思い込んでしまったのかといえば、吹雪のイメージが強烈だからでしょうな。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

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小泉八雲「茶碗の中」

あらすじ…関内という武士が茶を飲もうとすると、茶碗の中に男の顔が映る。茶や茶碗を変えてもなお映る。そこで関内は思い切ってそれを飲む。その夜、関内の前に茶碗の中の男が出現し式部平内と名乗る。

 最後の一文が気になりました。

魂をのみ込んだ結果については、読者の判断にゆだねておく。(P91)

 関内が式部平内の顔が映った茶を飲んだことを指していると思われますが、果たしてあれが「魂をのみ込んだ」のかどうか…と疑っているからです。関内の腹中から声がするとか、関内の体に式部平内の人面瘡ができるとかならまだしも、彼は関内の体の外部に出現して、しかも三人の家来の言によれば湯治にさえ行っているとか。
 もし「魂をのみ込んだ」のが事実だとしたら、出入りが自由すぎる。寧ろ、憑いている、と解釈した方がよいのかもしれません。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

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コーヒーカップの中

小泉八雲「果心居士のはなし」

あらすじ…果心居士が地獄絵の掛け軸を織田信長に見せる。信長はその掛け軸を欲しくなるが…。

 物語の最後の方で、明智光秀が本能寺の変を起こして信長を殺した後、果心居士を饗応するくだりが出てきます。
 しかしこれは時間的・心理的にありそうにない。というのは、俗に三日天下と呼ばれるくらい明智光秀の天下は短く、しかもその短い間も光秀は信長の首を探して本能寺の焼け跡にとどまったり、羽柴秀吉や柴田勝家など絶対に自分を許さないであろう旧信長軍団への対策や、娘婿の細川などへの懐柔など、多忙を極めていたからです。
 三日天下ではなくて三年天下だったら、こんな展開もありえたかもしれません。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

【果心居士関連記事】
井沢元彦「賢者の復讐」

小泉八雲「死骸にまたがる男」

あらすじ…離縁されて憤死した女の死体の様子が異常であった。元夫が陰陽師に相談すると、陰陽師は彼に、その死体に一晩中またがっているよう指示して立ち去る。夜、死体が動き出し…。

 この話の最後の方で、作者(小泉八雲)はこんなことを述べています。

 この話の結末は、どうも道徳的に満足できるようには思われない。この死骸にまたがった男が発狂したとも、髪が白くなったとも記録されていない。ただ、「男泣く泣く陰陽師を拝しけり」と述べられているだけである。この物語につけてある注記も同じように失望すべきものである。(P26)

 注記の引用は省くが、上記の最後の一文からして、作者がこの話の結末に失望していることは明らかです。
 だがちょっと待ってほしい。いかなる話も、道徳的に満足できるものでなければならない、という制約があるわけではない。常人には理解できない話や、人間の倫理を超えた話などいくらでもあるからです。
 寧ろこの話の醍醐味は、死体が動き出して男を殺そうとすることと、当の標的がその死体にまたがってその様子をまざまざと見せつけられる恐ろしさがあります。道徳よりも恐怖が勝っている、と言ってよいかもしれません。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

小泉八雲「衝立の乙女」

あらすじ…篤敬という若い書生が、衝立に描かれた乙女に恋をし、とうとう病気になってしまった。老学者が相談に乗り、彼にアドバイスをする。

 二次元の女性に恋をする話は、江戸川乱歩の「押絵と旅する男」も然り。もっとも、話としては「衝立の乙女」の方が古い。
 それはさておき、老学者のアドバイスの中に、「百軒のちがう酒屋で買った酒を一杯、女に差し出す」(P21)というものがありました。おそらくは酒屋を100軒巡って酒を少量ずつ買い求め、それを混ぜ合わせたものを一杯、差し出すのでしょう。しかしこれは何の意味が?
 そこでハタと思い至ったのが、お百度参りです。寺社に百度お参りすることで神仏に願いをかなえてもらうという呪的行為で、百軒の酒屋巡りもこれに類するものではないでしょうか。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

小泉八雲「和解」

あらすじ…ある若い侍が妻を離縁して新しい妻を迎え、京を離れて遠国の国守に仕える。そして数年後、かつて自分が前妻と住んでいた家に行ってみると…。

 数年前、私は映画「怪談」を観て、そのオムニバスの内の一つの原作である「和解」を読んだ記憶がないなどと抜かしたことがあります。しかるに、私が長年所持している本書にこの作品が収録されているということは、やはりこれを読んでいたことに相違ありますまい。いやあ迂闊迂闊。
 さて、そんなわけで改めて読み直してみると、最後の方にこんな文章がありました。

 身をふるわせ、胸をむかつかせながら陽の中に立ちつくしていると――やがて、氷のような恐怖が、耐えがたいまでの絶望、おそるべき苦痛に変っていったので、彼は自分を嘲笑う疑惑の影をつかもうとした。(P16)

 この辺りの心理描写は、小泉八雲らしいと思います。

【参考文献】
上田和夫訳『小泉八雲集』新潮社(目次)

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決してできない

スタインベック「聖処女カティ」

あらすじ…中世フランス。悪い男ロアークは悪い豚カティを飼っていたが、とうとう持て余して教会に十分の一税として納めてしまう。カティは自分を連れて行こうとする修道僧たちに襲いかかるが、目の前に十字架を出されると、突如として改心する。そしてカティは奇蹟を起こし、やがて死後には聖徒の列に加えられる。

 皮肉とユーモアにあふれる作品。

 彼女を聖処女カティと呼ぶべきではないかという提案がなされた。だが少数のものは、カティが罪深かった頃に仔豚を生んでいるから処女ではない、と異論をとなえた。反対側は、そんなことは全然問題ではない、とはねつけた。処女のうちのごく少数しか処女ではないのだから、と彼らは主張した。(P217)

 これには笑いました。中世ヨーロッパに処女信仰があったのは知っていましたけど、まさか豚の処女性が大まじめに議論されるとは恐れ入ります。ちなみに上記の論争をやっているのは、全員男でしょうな。

【参考文献】
大久保康雄訳『スタインベック短篇集』新潮社(目次)

スタインベック「殺人」

あらすじ…牧場主のジム・ムーアはユーゴスラビア人のジェルカ・セピックと結婚した。そんなある時、ジムは近所に住むジョージから、自分の家畜が盗まれたことを知らされる。

 本作のタイトルが「殺人」。ということは物語のどこかで殺人事件が起きるんだな、と読者は予期することになります。そんな中、物語の中盤で牛泥棒事件が発生し、すわ殺されるのは牛泥棒かジムか? …と思ったら、まさかの展開に。どういう展開になるかはネタバレ防止のために伏せておきますが、本作の前半でジェルカの人物描写を書き連ねてきたのが活かされていることに気付きました。

【参考文献】
大久保康雄訳『スタインベック短篇集』新潮社(目次)

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