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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(6)ボズワースの戦い

 第五幕第三場から舞台はボズワースの平原へと移り、いよいよリッチモンド伯との決戦(ボズワースの戦い)となります。最後のクライマックスと言っていい。
 その戦いの最中に、このセリフが飛び出します。

リチャード王 馬をくれ! 馬を! 代りにこの国をやるぞ、馬をくれ!(P180, 第五幕第四場)

 これを聴いた観客は、「また嘘をついたな」と思うことでしょう。馬一頭とイングランド王国とでは全く釣り合わないし、リチャード三世がバッキンガム公に約束した恩賞を反故にしたくだり(第四幕第二場)を観てきたからです。
 もっとも、この時のリチャードはそれだけ切羽詰まっていたのだと見ることもできます。何しろ、味方が次々に離反しており、一刻も早くリッチモンド伯を倒して決着をつける必要があったからです。

 さて、6回に渡って『リチャード三世』のレビューをしてきましたが、ちょっと回数が多かったかもしれません。又、取り上げる箇所は第一幕が多く、中盤は薄くなってしまいました。亡霊が次々に出てくるところなど、取り上げていない見せ場もいくつかあるのは心残りですが、ともかくも今回はここまでとします。
 …え? ボズワースの戦いの結末はどうなったのかって? 知りたければ読書なり観劇なりしてご自身の目で確かめるか、自分で歴史を調べるかしてみるといいでしょう。尚、歴史劇『リチャード三世』はボズワースの戦いで終わっているので、賢明な読者諸氏ならばその一事を以て察すべし。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(5)第二の求婚

 リッチモンド伯ヘンリー(ランカスター派)という強敵が立ちはだかる中、リチャード三世は起死回生の策(?)として、政略結婚を目論見ます。ちなみにアン・ネヴィルはいつの間にか暗殺されたので、この時点でリチャードは独身です。
 政略結婚自体は当時の王族としては珍しくないのですが、問題なのは結婚相手です。こともあろうに、兄エドワード四世の娘エリザベス(リチャードの姪に当たる)で、彼女の母で同名のエリザベスに「娘と結婚させてくれ」と頼み込んでいます(第四幕第四場)。
 叔父と姪の結婚も問題ですが、それ以前にリチャード三世は求婚相手の兄弟三人(グレー卿、エドワード五世、ヨーク公リチャード)や叔父(リヴァーズ伯、クラレンス公ジョージ)を殺していることもお忘れなく。
 アン・ネヴィルへの求婚もグロテスクでしたけど、こっちもなかなかグロテスクですな。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(4)処刑と暗殺

 グロスター公リチャードは、第一幕第三場の終わりで刺客を送り出し、その次の第一幕第四場で刺客たちがクラレンス公ジョージ(リチャードの実兄)を暗殺します。
 もちろん、リチャードの殺人はこれで終わるはずもなく、エドワード四世王の病死後は若きエドワード五世王の摂政として権力を握り、その権力を使って殺害を加速します。というわけで、ちょっと殺害リストを作ってみました。

第一幕第四場
 クラレンス公ジョージ:暗殺
第三幕第三場
 リヴァーズ伯:処刑
 グレー卿:処刑
 トマス・ヴォーン:処刑
第三幕第四場と第五幕の間
 ヘイスティングズ卿:処刑
(不明)
 アン・ネヴィル:暗殺
第四幕第二場と第三場の間
 エドワード五世:暗殺
 ヨーク公リチャード:暗殺
第五幕第一場
 バッキンガム公:処刑

 一つの演目の中だけで、こんなに殺していたとは驚きです。リチャード三世の手は血塗れどころじゃない、全身が血塗れで周囲は死屍累々といったところでしょうか。
 ともあれ、こんなに殺しまくっていたらヨーク派はガタガタになるわけで、イングランド国内から反旗をひるがえしてリッチモンド伯(ランカスター派)に付く者が続出し、リチャード三世は対応に追われることになります。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(3)アン・ネヴィルへの求婚

 第一幕第二場で、グロスター公リチャードはアン・ネヴィルにプロポーズしました。普通ならラブロマンスのシーンになるところですが、読む限りでは全くそんな気配は感じられません。
 それもそのはずで、アン・ネヴィルの夫であるエドワード王子を殺したのが他ならぬリチャードであり、しかもアンがエドワード王子の父ヘンリー六世の棺を運んでいる最中という、TPOを全くわきまえないプロポーズだからです。全く以てグロテスクなプロポーズですわ。
 当然ながら雰囲気は最悪です。しかし不思議なことに、このプロポーズは成功し、後にアンはリチャード三世の王妃となって登場します。この状況下で、なぜ受諾した?
 でもまあ、世の中には悪い男に引っかかる女性もいますからね(例:ハーリーン・クインゼル)。アンもそんな女性の一人だったのかもしれません。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(2)クラレンス公ジョージ

 前回、クラレンス公ジョージに言及しましたが、冒頭のリチャードの長い独白の直後にそのジョージが登場します。逮捕されて身柄をロンドン塔へ送られるところです。なぜそんなことになったのかというと、とどのつまり、リチャードの陰謀です。仕事が早いなあ。
 ともあれ、ジョージアに対してリチャードはそ知らぬ顔で同情する素振りを見せ、共に歎いてみせます。「きっとお助け申し上げる」(P15)と申し添えて。
 どの口が言うかと思いますが、ともかくもここでリチャードは「偽善」という手を使っています。この偽善はその後も度々出てくるので(例:第三幕第七場での祈祷)、これはリチャード三世の武器の一つだと言えます。
 それから、リチャードはジョージを見送る際に、こんなセリフ(独白)を吐いています。

グロスター さあ、二度と戻らぬ旅路を辿るがよい、お人好しの凡くら、クラレンス、俺はお前が大好きだ、だから、すぐにも天国へ送りとどけてやる、天の方で受取ってくれさえすればな。(P16, 第一幕第一場)

 格調高く(?)述べていますが、要するに「バカめ、さっさと殺してやる」ということです。又、最後の「天の方で受取ってくれさえすればな」は、ジョージが天国に行けるような善人ではないとリチャードが見ているとも取れます。
 ちなみにクラレンス公ジョージは以前、ランカスター派に寝返った後、更にヨーク派に寝返っており(『ヘンリー六世』でもそのシーンが出てくる)、寝返りの罪は一応は赦されているものの、油断のならない人物と見なされていてもおかしくはない。ランカスター派という強大な敵が壊滅したことで、エドワード四世王や王妃がこういった人物の排除に向かったのであり、リチャードはそれをこっそり後押ししてやったのだ、とも考えられます。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(1)やっと忍苦の冬も去り

あらすじ…せむしでびっこの野心家グロスター公リチャードは、兄のエドワード四世王が病に倒れると、王権を狙い、その明晰な知能と冷徹な論理で次つぎに、残忍な陰謀をくわだて、ついに王位につく――。(裏表紙の紹介文より引用)

 冒頭、グロスター公リチャードの独白があります。

グロスター やっと忍苦の冬も去り、このとおり天日もヨークの身方、あたり一面、夏の気に溢れている、一族のうえに低く垂れこめていた暗雲も、今は海の底ふかく追いやられてしまった。(P11, 第一幕第一場)

 これについてちょっと解説しておくと、イギリスは百年戦争でフランスに敗北した後、今度は国内で内戦を開始します。それが薔薇戦争というもので、ヨーク派とランカスター派に分かれて戦いました(リチャードはヨーク派に属する)。そしてこの物語の直前にヨーク派は決定的な勝利を収め、ランカスター派の残党は大陸に逃れました(※ただし薔薇戦争はまだ終わっていない)。
 ざっくりと述べましたが、もっと詳しく知りたいなら『ヘンリー六世』でその辺りのくだりが描かれているので、そちらをどうぞ。又、この劇のセリフでも過去の経緯に言及するところがあるので、その点に留意して聴いてみるのもいいでしょう。
 さて、話を戻すと、周囲が勝利に浮かれて「楽しい宴」や「軽やかな踊り」(いずれもP11)を満喫している中、リチャード一人は、「今さら色男めかして楽しむことも出来はせぬ」(P12)と言って、よからぬ陰謀を企みます。即ち、実兄であるクラレンス公ジョージの「排除」です。
 おいおい、いきなり飛ばしすぎだろ…と思いましたが、観客に「こいつはこういう奴なんだぞ」というのをガツンと示してくれる効果はあります。

 長くなってきたので次回に続く。

【参考文献】
福田恒存訳『リチャード三世』新潮社(目次)

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マーク・トウェイン「名探偵誕生」

あらすじ…夫に虐待されて捨てられた女が男の子(アーチー・スティルマン)を生んで育て、息子に自分を捨てた夫(ジェーコブ・フラー)への復讐を果たさせようとする。アーチ―には、猟犬のように優れた嗅覚があった。

 原題は"A Double-Barrelled Detective Story"(P289)で、直訳すると「二連式の探偵物語」。これはどういうことかというと、物語の後半で突如としてシャーロック・ホームズが登場し、アーチ―・スティルマンと「二連式」で推理を展開するからです。それにしても二連式という銃の用語をタイトルに持ってくるあたりは、銃社会アメリカならではでしょうか(念の為に言っておくと、作者のマーク・トウェインはアメリカの作家で、作品の舞台もアメリカ)。
 一方、邦題の「名探偵誕生」ですが、このタイトルが指す名探偵とは誰のことでしょうか? シャーロック・ホームズは名探偵として名高いけれども、登場の時点で既に高名な存在です。例えばホームズが宿帳に自分の名前を記すと、こんな反応が。

 このニュースはたちまち小屋から小屋へ、採鉱場から採鉱場へと広まり、仕事道具を放り出し、部落じゅうの人びとが<興味の中心>めがけて集まってきた。(P247)

 すごい人気だこと。ともあれ、シャーロック・ホームズは本作で「誕生」した「名探偵」ではありません。だとすると、タイトルが指す名探偵とはやはり、「二連式」のもう一人の探偵、アーチー・スティルマンになります。
 それでは、アーチ―の名探偵ぶりは、どんなものでしょうか? ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、彼は優れた嗅覚を駆使しています。論理的思考のできる猟犬といったところでしょうかね。

【参考文献】
各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』河出書房新社(目次)

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W・ハイデンフェルト「<引立て役倶楽部>の不快な事件」

あらすじ…名探偵たちがインドで開催される「第一回世界名探偵会議」に出席するべく旅だった。一方、イギリス南部にある<引立て役倶楽部>の敷地内で他殺死体が発見される。しかも発見場所は、密室だった。

 死体の第一発見者は、<引立て役倶楽部>の運営委員会のメンバーの一人、ジョン・H・ワトスン。シャーロック・ホームズの相棒で、推理ではミスリードを見せることがあります。こう書けば、倶楽部のメンバーがどんな人たちが、およそ察しが着くんじゃないでしょうか。即ち、名探偵の「引立て役」というわけです。
 ちなみに俱楽部の会長は“偉大なるデュパンの友人”(P182)で、名前がありません。デュパンはエドガー・アラン・ポーの小説に登場する名探偵ですが、そういえば原作小説では相棒の名前は出てこないんだった!
 尚、映画版「モルグ街の殺人」では、デュパンの友人にポールという名前が付いていることを申し添えておきます。
 さて、捜査開始後は、倶楽部のメンバーたちが密室のトリックを解明しようと頭を悩ませています。いやいや、密室のトリックも大事ですけど、被害者の身元特定とか周辺の聞き込みとか、他にもやることが山ほどあるはずですぞ。

【参考文献】
各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』河出書房新社(目次)

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アンソニイ・バウチャー「テルト最大の偉人」

あらすじ…宇宙人の学者が、地球人(テルト人)のシェルク・オムスについての考察を述べる。

 この宇宙人によると、シェルク・オムス(シャーロック・ホームズ)とシェルク・スペル(シェイクスピア)は同一人物だという。

要するにシェルク・オムス(二つの名前のうち、より普及したかたちを用いるとすれば)は、作家であると同時に行動の人であったのであり、そのときの興味の対象によって名前を使い分けようとしたのである。(P171)

 両者の活躍時期は300年くらい違うぞ。
 でもまあ、源義経=ジンギスカン説や、明智光秀=南光坊天海説を提唱する人が地球にいるくらいだから、広い宇宙には地球人に関する断片的な情報を基にシャーロック・ホームズ=ウィリアム・シェイクスピア説を唱える者がいてもおかしくはないのかもしれません。
 ちなみに、そもそもなぜこの宇宙人がホームズとシェイクスピアを同一人物であると信じるに至ったのか、その論考は本作内で一応は述べられています。ただ、正直言って私には理解の及ばないところがあるので、これを引用して自分なりに長々と反論してみようという気にはなれませんでした。

【参考文献】
各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』河出書房新社(目次)

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オーガスト・ダーレス「怯える准男爵」

あらすじ…夜、ソーラー・ポンスのもとに、アレグザンダー卿(准男爵)から切迫した依頼が持ち込まれる。自分はシヴァの像を見たのだが、周囲の人間は誰も見ていない、これは『シヴァの眼』の呪いなのではないか、というのだ。

 短篇作品にしては登場人物が多いと思ったので、一覧を作っておきました。尚、各人物の情報は必要最小限にとどめておいたので、読者諸氏は本作を読み進めながら追加情報を書き足していただけると幸いです。

ソーラー・ポンス――――――探偵。
パーカー――――――――――ポンスの相棒。
アレグザンダー卿――――――准男爵。依頼人。
ケナリー――――――――――アレグザンダー卿の従卒。
ランサム・ロウアン―――――アレグザンダー卿の弟。
メガン・ロウアン――――――アレグザンダー卿の妹。
ウィニフリッド・ロウアン――アレグザンダー卿の娘。
フィリップ・ロウアン――――アレグザンダー卿の息子。
ジェフリー・サリング――――ウィニフリッド婚約者。

 ところで、そもそもなぜ本作が『ホームズ贋作展覧会』に収録されているのかというと。シャーロック・ホームズのパロディになっているからです。ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、例えばクライマックスでポンスとパーカーが犯人を待ち受けるくだりは、明らかに「まだらの紐」が元ネタです。

【参考文献】
各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』河出書房新社(目次)

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