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中島敦「文字禍」

あらすじ…古代アッシリヤ。ナブ・アヘ・エリバ博士はアシュル・バニ・アパル大王から、文字に霊はあるのか、あるとすればそれはどんなものか調べよと命じられる。博士は調査するが…。

 文字に霊はあるか?
 愚考するに、文字に「思い」が込められているのを感じることはできます。例えば書道を嗜んでいれば、運筆から書き手の状態を察せられることもあるし、あるいは故事来歴に通暁していれば、文中に突如として用いられた故事成語を作者はいかなる意図をもって挿入したのかを推測できるかもしれません。
 もちろんその感じ取った「思い」は、読み手の勝手な解釈という危険性なきにしもあらずということは指摘しておきます。だとするとこれも文字禍の一つか。
 再び問う、文字に霊はあるか?
 ある、という解釈を採ってもいいんじゃないですかね(適当)。小説世界でそういう世界観を押し出したものがあったっていい。
 とまあ、こんな気楽なことを言えるのは、私が本作の主人公と違って大王から命令されていないからでしょうな。ついでに言えば、学校の宿題などでこれを読んでいるわけでもない。
 お前それでもいいのかと問われたら、こう反論しておきましょうかね。レポートや卒論ならまずいだろうけど、これはそんなんじゃない。愚考ですよ、愚考。

【参考文献】
紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治・編『日本近代短篇小説選 昭和篇I』岩波書店

小林多喜二「母たち」

あらすじ…共産主義の活動家たちが次々に逮捕される。そんな中、逮捕された活動家の母たちは…。

 収監中の作者に母親が外の様子を手紙で語るという形式で、活動家の母たちを中心に描いたもの。
 それから、最後は裁判のシーンで、これがこの短篇作品のクライマックスと言えます。しかしそこでは一部伏せ字となっています。一例としてちょっと引用してみます。

 そっちから派遣されてきたオルグの、懲役五年を求刑されていた黒田という人は、立ち上がって、「裁判長がそのような問いを発すること自体が、われわれ*****を**するものである。******というものは後で考えていて間違っていたから**するというようなものではないのだ。それは**されている労働者農民が、その**の**から***を**するための***なものなのだ。われわれは****もこの**を***ものではないことを全われわれの同志を代表していっておく。」と叫んだ。(P177)

 察するに、伏せ字部分は共産主義を喧伝する文言で、これが当時の検閲に引っかかったのでしょう。
 共産主義に詳しい人ならば伏せ字にどんな言葉があったのか想像がつくかもしれませんが、あいにく私はそうじゃない。ただ、上記引用文中の最初の伏せ字は「共産主義者」、次は「侮辱」、その次は「共産主義思想」、そして「改心」とすれば意味が通るとは思いました。

裁判長がそのような問いを発すること自体が、われわれ共産主義者を侮辱するものである。共産主義思想というものは後で考えていて間違っていたから改心するというようなものではないのだ。

 とまあ、こんなところです。合っているかどうかは不明。

【参考文献】
紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治・編『日本近代短篇小説選 昭和篇I』岩波書店

梶井基次郎「闇の絵巻」

あらすじ…山間の療養地。暗い夜道を歩く。

 山間の療養地は知りませんが、山間の旅館ならば泊まったことがあります。本作を読んでそのことを思い出しました。あれはどこだったかな…いや、まあ、どこでもいいか。

 しばらく行くと橋がある。その上に立って渓の上流の方を眺めると、黒ぐろとした山が空の正面に立塞がっていた。(P125)

 橋の上ではないが、私もこういう山に気圧(けお)されたことがありますわ。対峙と呼ぶには彼我の差が圧倒的に違う。夜だと余計なものが見えないから、より一層それが感じられるのです。

【参考文献】
紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治・編『日本近代短篇小説選 昭和篇I』岩波書店

太宰治「待つ」

あらすじ…若い女性が毎日、駅前で待ち続ける。

 誰を待ち続けているのか? あるいは、何を待ち続けているのか? それは主人公にはわからない。そんなもどかしさがあります。

いよいよ大戦争がはじまって、周囲がひどく緊張してまいりましてからは、私だけが家で毎日ぼんやりしているのが大変わるい事のような気がして来て、何だか不安で、ちっとも落ちつかなくなりました。(P361)

 引用文中の大戦争とは第二次世界大戦だな。人によっては太平洋戦争だの大東亜戦争だのと言うかもしれませんが、いずれにせよ第二次世界大戦なので、ここでは第二次世界大戦と言って差し支えあるまい。
 ともあれ、大戦による社会的緊張の高まりが、主人公の心理に不安を与えているようです。だとすると、彼女が待ち続けているのは上記の不安を解消してくれるもの、即ち平和だと解釈できますな。

【参考文献】
紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治・編『日本近代短篇小説選 昭和篇I』岩波書店

平林たい子「施療室にて」

あらすじ…アナーキストの夫がテロに失敗し、妻の「私」も捕らえられるが、臨月で重い妊娠脚気のために慈善病院の施療室に入院させられる。(P5の解説文より引用)

 テロリストは平穏な生活を送れやしない、というのは現代でもウサマ・ビンラディンを見ればわかることです。
 夫も主人公(北村光代)もそういう過酷な道を選んだのだと言ってしまえばそれまでですが、それでは産まれてくる子供がかわいそうだ。

この子供をはじめて腹に抱いたことを知った時にも私は、東京の大地震のどさくさまぎれで監獄にいた。私によって運命づけられた子供の一生は監獄生活かもしれない。いや、しかし、それでいいのだ。私は額の広い、目の少し吊った女の児をうみたいと思う。よし、日本のボルセヴィチカを監獄で育てよう。(P8)

 ボルセヴィチカ…? ソ連のボルシェヴィキの女性形かな? ともかくも、主人公は子供を革命戦士に育て上げるつもりのようです。

【参考文献】
紅野敏郎・紅野謙介・千葉俊二・宗像和重・山田俊治・編『日本近代短篇小説選 昭和篇I』岩波書店

遠藤周作「黄色い人」

あらすじ…第二世界大戦中の日本。医大生の千葉は結核を患い、故郷の仁川(にがわ)に帰省する。

【主要登場人物一覧】
千葉ミノル……医大生。
糸子…………千葉の従妹。
ブロウ…………フランス人神父。
デュラン………元司祭。
キミコ…………デュランの妻。

 この作品は千葉がブロウ神父に宛てた手紙と、デュランの日記を交互に出すことで話が進むのですが、それにしてもお先真っ暗という感じが充満しています。まず主人公の千葉からして病気で先は長くないし、もう一人の主人公ともいうべきデュランは自殺願望があり、最後は…。又、後世に生きる我々は、物語の舞台となった大日本帝国がその後どうなったのかを知っています。
 更に暗い話をするならば、千葉の手紙やデュランの日記がブロウ神父に届くかどうかもわからない。何しろ、この時点でブロウは逮捕・拘引されているのですから。
 そんな暗い状況の中で、千葉もデュランも、白人(白い人)と黄色人種(黄色い人)について考え続けていることが手紙と日記からうかがえます。インテリの性(さが)ってやつですかねえ。

【参考文献】
遠藤周作『白い人・黄色い人』講談社

遠藤周作「白い人」

あらすじ…第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下のリヨン。サディスティックな青年がゲシュタポの手先となって拷問を手伝う。

【主要登場人物一覧】
主人公…………………………元法科大学生。後にゲシュタポの手先になる。
ジャック・モンジュ………………神学生。後にマキの連絡員になる。
マリー・テレーズ………………ジャックのいとこ。
モニック…………………………マリーの友人。
中尉……………………………ゲシュタポの将校。
アレクサンドル・ルーヴィッヒ…ゲシュタポの手先。
アンドレ・キャバンヌ……………ゲシュタポの手先。

 ゲシュタポはナチス・ドイツの秘密警察。マキはフランスの抗独レジスタンス組織。

 さて、この作品はドイツ軍がリヨンから撤退するという状況下で主人公が過去を回想しながら手記を書くという体裁を取っています。
 主人公がリヨンに留まり続ければゲシュタポの手先として糾弾されることは目に見えているから、「勿論、逃げるつもりだ」(P17)と述べていますが、それではどこへ? おそらくはドイツへ。だが、ナチス・ドイツがその後どうなったのかを考えると…。

 ところで、この作品の終盤でこんな文章が出てきました。

 耳の底で戸をあけたり、しめたりする音がきこえる。「坊や、坊や」それは臨終の刹那に私をよぶ母の声だ。「悪魔!」ホテル・ラモのホールでジャックは片手をあげて叫んだ。「右を見ろと言うのに、右を」(P88)

 最後のセリフは主人公が子供の頃に、父親が主人公に言った言葉です。ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、この時点で主人公は心身共に疲弊しきっていた(P87に「私は非常に、非常に疲れていた。肉体の疲労だけではないらしかった」とある)らしいから、心の奥にあるものが走馬灯のように流れ出てきたものと思われます。あんまり良い思い出じゃありませんな。

【参考文献】
遠藤周作『白い人・黄色い人』講談社

小松左京「大坂夢の陣」

あらすじ…タイムトラベルで未来からやってきたテレビ局の取材チームが大坂冬の陣を撮ろうとする。

 現地の取材チームは大規模なもので、最終的には「何千人じゃねえ、もう万人でさあ……」(P452)と言われるくらい多くなるとのこと。詳細は本書の描写に譲りますが、現代のテレビ特番とはケタがいくつか違うようです。
 そんなに来ちゃったら現地人にバレそうなものだし、歴史の因果律も大いに狂いそうなものだが…と思ったら、最後にとんでもないオチを用意していました。ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、SFならではの決着と言えます。

【参考文献】
司馬遼太郎 松本清張ほか『決戦! 大坂の陣』実業之日本社

松本清張「秀頼走路」

あらすじ…大坂落城時に落ちのびた浪人の山上順助は、ひょんなことから桐の紋のある小袖と短刀を手に入れる。

 この後、山上順助は入手した(正確に言えば強奪した)アイテムを使って豊臣秀頼を騙ってゆくのですが、そもそもこの人物はどうしようもないダメ人間として描かれています。酒好き女好きだけならまだしも、戦意はなくて「彼は最後まで持ち場からの脱走を考えていた」(P411)という有様。又、ここには一々書きませんが、逃走時にも色々と悪行を働きます。
 もちろん本作は豊臣秀頼薩摩逃亡説を材に採ったフィクションですが、大坂城内にはこういった輩も来ていたことは想像に難くない。真田幸村や後藤又兵衛などのような「英雄」だけが来ていたわけではない、ということですな。

【参考文献】
司馬遼太郎 松本清張ほか『決戦! 大坂の陣』実業之日本社

安部龍太郎「大坂落城」

あらすじ…徳川方の砲撃が大坂城の天守を直撃し、淀殿はパニックに陥って和議を訴える。息子の豊臣秀頼はたしなめるが、母に押し切られてしまう。

秀頼はどうしようもない無力感にとらわれ、気力が萎えていくのを感じた。(P351)

 私も本作を読んでいて、そんな感じに襲われました。とはいえ、そもそも秀頼はお坊ちゃん育ちで、「英雄」でも「勇将」でもない。彼にその種の期待をするのは…いや、まあ、大坂方の武将たちは期待してたんでしょうけどねえ。

【参考文献】
司馬遼太郎 松本清張ほか『決戦! 大坂の陣』実業之日本社

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