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庚申堂由来の碑(下高井戸5丁目庚申堂)

 東京都杉並区下高井戸5-5-27の庚申堂にある、庚申堂由来の碑を解読してみました。

庚申堂由来の碑

【碑文】
(表)
 庚申堂由来の碑
当堂宇には庚申塔二基観音塔一基を安置す この由来を尋ぬる
に庚申・馬頭観音信仰の風往昔わが国に伝わり広く庶民の間にひろ
まる やがて近世中期に至る頃より石塔の建立盛んとなり下高井戸
村もまたこの風を受く 元禄八年十一月吉日鈴木七兵衛ら十一名相
図りて一塔を建立す 向って左側の庚申塔これなり 塔は合掌六臂
の青面金剛尊像に日月三猿を配す庚申信仰最盛期の典型なり つい
で翌元禄九年十一月吉日吉田佐市郎ほか十四名また文字を配した庚
申塔を建立しここに安置す 中央の石塔これにして型は質素ながら
村民の淳朴な信仰心を知るにたる 庚申塔建立より年は流れて百六
十余年荒川氏なる人向って右側の馬頭観音塔を建立し愛馬の供養と
なす これ南無妙法蓮華経と刻み日蓮信仰に習合せし馬頭観音にし
て類例まれなる石塔なり この三基の石塔安置の所は旧鎌倉街道と
伝えられし古道に面し真近く玉川上水の清流を望むかつての景勝の
地にして村内安全五穀豊穣を祈願するの地にふさわしく村民の親し
く参拝するところなり 石塔の建立されて幾年月その間歴史は移り
景観また昔日の面影を変えれど人々の信仰厚く絶えることなく連綿
として続き石塔もいささかの損傷なく今日に至る。ここに昭和六十
年四月の吉日を選び先人信仰の余徳を偲び由来を記して後世に伝え
んとす
                   庚申堂世話人

(左面)
昭和六十年四月建之(株)廣瀬石材店

(裏)
寄進者芳名

宗源寺
冨田妙温
石橋忠臣
池田兼太郎
池田武雄
池田天司
池田幸太郎
池田作蔵
池田輝一朗
板倉恒雄
石澤秀太郎
大津真六郎
大沢酉二
渡辺正路
川越屋
神崎真面目
上坂伸一
横山登喜男
横山輝夫
(※中略)

イロハ順

 庚申堂とそこにある庚申塔・馬頭観音塔(馬頭観音供養塔)の由来を記したもの。こちらの庚申堂については「上町親交会創立六十周年記念事業の碑(下高井戸5丁目庚申堂)」も参照されたし。それから、碑文にある「向かて左側の庚申塔」は「庚申塔(2)」、「中央の石塔」は「庚申塔(1)」として解読しましたが、馬頭観音塔は供物に遮られて文字が読めませんでした。
 それから、裏面の「寄進者芳名」ですが、筆頭の宗源寺はこの庚申堂を管理している寺で、冨田妙温はその寺の住職らしい。
 尚、昭和60年(1985年)4月は、電電公社がNTTに、専売公社がJTに民営化されています。

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