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樋口一葉「ゆく雲」

あらすじ…野沢桂次は故郷の地主の婿養子にと見込まれて東京に遊学していた。だが、その地主の清左衛門が病がちになったので帰ってこいという矢の催促が届く。桂次は、下宿先の娘・お縫に淡い恋心を抱いていた。

 巻末の「解説」(文=前田愛)に、こんなことが書いてありました。

 『ゆく雲』(「太陽」一巻五号 明治二八・五)は、一葉が生涯まのあたりにすることが叶わなかった幻のふるさと、両親が生れ育った甲州大藤村中萩原の風景が作品のなかにとりこまれているところが興味深い。志を立てて東京に遊学した野沢青年が、止宿先の娘お縫に生れ故郷の消息を語って聞かせる場面である。(P178)

 それでは、野沢桂次がお縫に、作者(樋口一葉)にとっての「幻のふるさと」をどう語っていたのでしょうか? 言い換えるなら、作者は主人公の口を通して「幻のふるさと」をどう描写していたのでしょうか?

我が養家は大藤村の中萩原とて、見わたす限りは天目山、大菩薩峠の山々峯々垣をつくりて、西南にそびゆる白妙の富士の嶺は、をしみて面かげを示さねども冬の雪おろしは遠慮なく身をきる寒さ、魚といひては甲府までの五里の道を取りにやりて、やうやう〇(※)の刺身が口に入る位、(P35-36)

※魚偏に止が3つ。読みは「まぐろ」。

 風景描写にしてはちょっと薄っぺらいという印象を持ちました。例えば冬の寒さはわかるとして、春夏秋は?
 まあ、樋口一葉は実際にそこへ行ったことがないそうだから、そんなに書けなかったということなのでしょう。

【参考文献】
樋口一葉作『大つごもり・十三夜 他五篇』岩波書店(目次)

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