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真公稲荷縁起の碑(真公稲荷)

 東京都目黒区の圓融寺の摂社・真公稲荷にある、真公稲荷縁起の碑を解読してみました。

真公稲荷縁起の碑

【碑文】
   真公稻荷縁起
真公稻荷ノ縁起ヲタヅヌルニ往古ヨリ圓融寺
山内ニ住ム白狐聞法ノ功力ニ依リ稻荷トシテ
祭ラレシモ時移リ堂宇ノ滅失スルヤ偶々門前
舊家椎橋弥七氏弟宮野留吉ナル者に依憑スタ
メニ大熱病半歳ニ及ビ遂ニ自ラ住職純禎和尚
ヲ召キ真公稻荷ナル事ヲ告グ依ツテ住職門前
有志ト計リ小宇ヲ建立シ之ヲ祭ル宮野留吉氏
ハ明治四十三年一月二十四日歿ス以来毎歳春
稻荷祭ヲ催シ五穀成熟ヲ祈ル
  昭和二十三年五月午日
            碑文谷一丁目
             有志一同

【現代語訳】
   真公稲荷縁起
 真公稲荷の由来を調べたところ、昔から圓融寺境内に住む白狐が、仏法を聞いた功徳により力を得て稲荷として祀られていたのだが、時代が下って(稲荷の)お堂がなくなってしまった。ある時、門前の旧家・椎橋弥七氏の弟・宮野留吉という者に(白狐が)憑依した。そのため(留吉は)大変な熱病を患うこと半年に及び、ついに自ら(圓融寺の)住職・純禎和尚を招き、(自分は)真公稲荷であることを告げた。そこで住職は門前の有志と相談して小さなお堂を建立し、(真公稲荷を)祀った。宮野留吉氏は明治43年(1910年)1月24日に死去した。それ以来、毎年春に稲荷祭を開催し、五穀成就を祈っている。
   昭和23年(1948年)5月午の日
            碑文谷一丁目有志一同

 狐憑きの怪談がこんなところで読めるとは思いませんでした。
 尚、今回憑いた狐は真公稲荷の白狐という、由緒のはっきりした狐となっており、であればこそ圓融寺の境内に祀られているのだと理解できます。

【狐憑き関連記事】
狐塚之霊碑(代田広場)
清水浜臣『泊●筆話(ささなみひつわ)』

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