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万葉歌碑(伊勢山皇大神宮)

 神奈川県横浜市西区の伊勢山皇大神宮にある、万葉歌碑を解読してみました。

万葉歌碑

【碑文】
  志貴皇子
石激
垂見之上乃
左和良妣乃
毛要出春尓
  成来鴨
   孝書[印]

(説明碑)
いはばしる たるみのうへの さわらびの
 もえいづるはるに なりにけるかも
 文化功労者 歌会始召人、文学博士、犬養孝先生は明治
四十年東京に生まれ昭和七年東京帝国大学文学部卒業後
神奈川県立横浜第一中学校(現希望ヶ丘高)に奉職昭和十七年
旧制台北高等学校に栄転されるまでの十年間を横浜に居住し
深くこの地を愛された昭和二十一年より関西に居を移され現在
大阪大学、甲南女子大学の名誉教授である
万葉集の風土的研究者として高名であり万葉故地千二百ヶ所を
ことごとく踏査され昭和二十六年以来学生を連れての大阪大学
万葉旅行は二百回以上になり延べ三万六千名を超えているまた多
くの著書講演を通じて文化遺跡の保存と古典の普及に多大の寄
与をされた その教え子ならびにゆかりの人びとと相寄り 横浜の
総鎮守伊勢山皇大神宮境内に万葉歌碑を建立する
                昭和六十三年十二月三日

 歌碑ではあるものの、説明板の役割を果たしている手前の石碑を読むと、実は犬養孝(1907-1998)という学者の顕彰碑であることがわかります。
 ちなみに志貴皇子(しきのみこ)は天智天皇の第七皇子で光仁天皇の父。又、この歌は『万葉集』巻第八、1418番歌で春雑歌として収録されています。
 それから、昭和63年(1988年)12月3日は、『ゲスの極み乙女。』の川谷絵音が誕生しています。「誰それ?」と思う人もいらっしゃるでしょうが、簡単に説明すると、ベッキーと不倫していたことが『週刊文春』に報じられたミュージシャンです。

【参考文献】
鶴久・森山隆編『萬葉集』おうふう

【関連記事】
石ばしる 志貴皇子

【万葉歌碑関連記事】
万葉の歌碑(東京都府中市宮町)

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