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柳田國男「大嘗祭ニ関スル所感」

あらすじ…大正4年(1915年)の大嘗祭に関する所感を述べる。

 大嘗祭とは天皇が即位して初めて行う新嘗祭で、この時以降、即位の礼と併せて行うようになりました。ちなみに即位の礼とは新天皇が即位したことを内外に宣言する儀礼であり、即位の礼と大嘗祭を合わせて御大典と称します。

 さて、著者(柳田國男)は冒頭、「徒(イタズラ)ニ議論ヲ闘ワサントスルモノニアラザルヲ以テ」(P712)、この所感を生前には発表しませんでした。いとやんごとなきところのマツリゴトに口を出せば、どこから攻撃を食らうかわかったものではありますまい。気を使っているのがうかがえます。
 ちまみに、かく言う私もこの件に関していたずらに議論を闘わせる気は毛頭ありません。私はただ一読者として感想を述べるだけにとどめておきます。

 本作では即位の礼に引き続いて行われる大嘗祭について色々と述べられているのですが、さすがに全てを取り上げるわけにはいかないので、一つだけ挙げておきます。
 「一言ヲ以テ言エバ此ノ祭ニ与ル者ノ数著シク多キニ過ギタリ。」(P716)、要するに大嘗祭の参加者(参列者)があまりに多すぎる、と言うのです。即位の礼で盛大な儀式を執行して人を大勢集めてしまったから、その後の大嘗祭にも多くの人間が残ってしまった、というわけです。
 愚考するに、即位の礼は新天皇を即位を内外に知らしめるというからプロパガンダ(政治宣伝)の要素が強い。しかし大嘗祭は神に収穫を感謝し祈るということから、プロパガンダ色は弱い。従って、性格の異なる二つの儀式を同じ調子でやるべきではない。
 ではどうすればいいのか? もちろん著者は解決策を幾つか提示していて、例えば東京で即位の礼を行ない、期間をあけて京都で大嘗祭を、などと述べています(P719)。そうなると御大典として一まとめにすることは不可能になるから、費用の節約は諦めないといけないでしょうな。

【参考文献】
『柳田國男全集13』筑摩書房(目次)

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