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柳田國男「神道と民俗学」

 自序によると、「これは昭和十六年の夏、神社精神文化研究所の希望に応じて、民俗学の大意を説述した筆記に手を入れたものである」(P433)とのことで、本作品は神社精神文化研究所の人たち(及びその関係者)に向けて語るという形式を取っています。
 そして著者は冒頭、こんなことを述べています。

 神道と民俗学、こういう大きな課題には準備も足らず、また時間も十分とは言えませぬが、諸君の知らんとせられるのはその中でも、特に今日の神道史研究と、私たちの一群が携わっている日本民俗学なるものと、この二つの学問はどこが異なるか。二つは結局合同し得るか。はたまたいつまでも対立し、抗争しなければならぬものであるか。この点を明らかにしておこうというにあるかと拝察します。(P435)

 この書きぶりからすると、著者がこれを語った昭和16年(1941年)時点では、神道史研究と日本民俗学が対立・抗争していたことになります。例えば神社の祭礼の変遷など、両者の研究領域が重なる所があるから、縄張り争いになるのは理解できます。
 まあ、学問の世界での対立・抗争ならば、より優れた研究成果を挙げて学会に発表したり世間にアピールしたりすればいいわけで、軍閥や反社会勢力がドンパチやるようなものとは次元が違う。真剣にやっている当事者たちにとっては死活問題かもしれませんが、外から見ている者の一人としてはどうでもいいことです。
 さて、どうでもいいことはこれくらいにして(一応、本作品の成り立ちを述べる役割はあるので、全く無駄というわけではない)、次はもうちょっと関心を引くことを取り上げることにします。

 中盤、著者(柳田國男)は時代が進むにつれて祭りが増えて行ったと述べた上で、こんなことを書いています。

その上に多分は仏教の影響によって、個人祈願というものが急増しているのであります。今までは一地一族全体の休戚のみを、ただ神様の恩恵に投げかけていたものが、個々の病者のためにする勢祈祷や御百度参り、丑の時参りというものさえ始まりました。(P495)

 勢祈祷が何なのか私にはわかりませんが、御百度参り(お百度参り)ならば百度石の解読を通じて多少の知識はあります。なるほど、病者のためということは病気平癒に使われていたのか。
 それから、丑の時参り(丑の刻参り)は呪殺です。こちらは病気を治すのではなくその逆といったところです。
 それにしてもこの二つを同列に並べるとはちょっと意外に感じましたが、境内で誰にも見られずに行なう個人祈願という点では共通しています。

【参考文献】
『柳田國男全集13』筑摩書房(目次)

【関連記事】
百度石(目次)

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