無料ブログはココログ

« タッカー・カールソンはロシア国営テレビの最新の特派員(2022年、アメリカ) | トップページ | タッカー・カールソンはロシアでは必見の存在(2022年、アメリカ) »

北川秀雄碑(和田堀廟所)

 東京都杉並区の和田堀廟所にある、北川秀雄碑を解読してみました。尚、この碑は北川家の墓所に立っています。又、碑文のタイトルには「誌」とあるだけなのですが、碑文の内容を鑑(かんがみ)て「北川秀雄碑」と呼ぶことにしました。

北川秀雄碑

【碑文】
          誌
日本国ハ先ノ大東亜戦争(第二次世界大戦)ニ昭和二十年八月
十五日ノ敗戦(無条件降伏)ニヨリアメリカノ占領下トナル。
最高司令官マッカーサー元帥ノ下デ憲法改正ニ当リ政府筋ヨリ
「帝国地方行政学会」ニ総司令部エ赴キ取り上ゲテモラウ旨ノ
内々ノ御達シガアッタ。
其ノ大役ヲ父秀雄ガ仰セ付カリ司令部付キ武官ト自宅ニテ待チ
合セ後日総司令部ニ参上無事願イガ叶ウ。
後ニ其ノ経緯ヲ知ランガ為「帝国地方行政学会」ニ尋ネタ処詳
細ヲ知ル人モ無ク尚記録モ無イタメ父カラノ聞キ覚エ、私ノ記
憶ヲ辿リ又品川様ノ御尽力ヲ得テ此ニ誌スコトトシタ。
(時ハ昭和二十一年晩春)
                 東京都大森区田園調布
                 壱丁目千弐百八拾八番地
昭和五十六年九月記
                 養女北川セイ

【現代語訳】
          記
 日本国は、先の大東亜戦争(第二次世界大戦)に、昭和20年(1945年)8月15日の敗戦(無条件降伏)により、アメリカの占領下となる。
 (GHQの)最高司令官マッカーサー元帥の下で憲法改正をするに当たり、政府筋から「帝国地方行政学会」に、総司令部(GHQ)へ赴き取り上げてもらう旨の内々のお達しがあった。
 その大役を父・秀雄が仰せつかり、司令部付き武官と自宅で待ち合わせし、後日、総司令部へ参上、無事に願いが叶う。
 後にその経緯を知ろうとして、「帝国地方行政学会」に尋ねたところ、詳細を知る人もなく、しかも記録もないため、父からの聞き覚え、私の記憶を辿り、又、品川様のご尽力を得てここに記すことにした。
(この時、昭和21年晩春)
               東京都大森区田園調布1丁目1288番地
昭和56年(1981年)9月、記す。
                           養女・北川セイ

 帝国地方行政学会は株式会社ぎょうせい(出版社)の前身。品川様は不明。それから大森区は現在の大田区。
 ところで、本人やその家族にとってこれは重大事なのかもしれませんが、北川秀雄氏がそんなに大したことをしたようには私には思えません。彼が主体的に動いて…といったような形跡がなく、要するに政府の使い走りですからね。
 御遺族の方々にとってはまことに辛らつな批評をしましたが、同時代の出来事を記した「農地改革記念の碑(田無神社)」「弔魂碑(愛宕神社)」などと較べるとどうしても見劣りがしてしまうのです。

« タッカー・カールソンはロシア国営テレビの最新の特派員(2022年、アメリカ) | トップページ | タッカー・カールソンはロシアでは必見の存在(2022年、アメリカ) »

書評(歴史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« タッカー・カールソンはロシア国営テレビの最新の特派員(2022年、アメリカ) | トップページ | タッカー・カールソンはロシアでは必見の存在(2022年、アメリカ) »

2022年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31