硫黄島戦歿者慰霊碑(高尾山薬王院)
東京都八王子市の高尾山有喜苑にある、硫黄島戦歿者慰霊碑を解読してみました。
【碑文】
硫黄島戦歿者
慰霊碑
高尾山
大僧正秀順書
(左手前・正面)
永代供養
厚生大臣小泉純一郎書
(左手前・左面)
平成九年五月二十四日
硫黄島協会
(左手前・裏面)
鎮魂
平和への
もといとなりし
み霊よび
高尾の森に
小鳥とあそべと
丁丑皐月二十四日
硫黄島協会
会長遠藤喜義
木下けい書
(右手前)
硫黄島は此處から南六百浬の洋上に浮
ぶ孤島であるが 大東亜戦争の末期大(ママ)平
洋に於ける日米大攻防戦の天王山であった
されば昭和二十年二月十九日から展開
された戦闘は凄惨激烈を極め 米軍も亦
戦死約七千名 負傷二萬千名を算した
米軍の上陸した同島南海岸正面の防衛
戦闘に 独立歩兵第三〇九大隊の機関銃
中隊長として奮戦した阿部武雄氏は死闘
の末遂に捕えられて 米軍野戦病院に収
容され 奇しくも生還した
阿部氏は當協会常任理事 組織部長と
して 協会の事業目的達成の爲献身奔走
する一方 戦歿者の供養と平和を祈念す
る爲 この慰霊碑及び平和観音を建立の
上碑下に戦歿者舎利を納める事を発願し
今茲に結願す 功徳寔に大である
佛舎利塔に隣接した聖域を 薬王院當
局の好意に依り卜する事が出來たが 硫
黄島への渡島が困難である事情に鑑み
此處に詣うでて 遥かに南溟の空を仰げ
ば 必ずや平和観音の妙智が作用して現
地供養を彷彿たらしめる効を顕わすもの
と信ずる次第である
讃に曰く
丘上新碑影 尊像馥郁香
佇立望南溟 滂沱憶硫黄
昭和四十六年四月十八日
硫黄島協会 会長 和智恒蔵謹撰
副会長 森本一善謹書
高尾山有喜苑にある、英霊碑群の一つ。
昭和46年(1971年)と平成9年(1997年)のものがありますが、後者の「永代供養」とあるものは後から追加されたものだと思われます。
それにしても、こんなところで小泉純一郎の名前が出てくるとは…。こちらの石碑での肩書は厚生大臣ですが、この人はその後、総理大臣に上り詰めて長期政権を築いています。
【関連記事】
高尾山の石碑(目次)
« ハロウィン:ブギーマンのハロウィン(2018年、アメリカ) | トップページ | ハロウィン:恐怖の形(2021年、アメリカ) »
「書評(歴史)」カテゴリの記事
- 山帰釋尊像(大正寺)(2024.10.10)
- 本堂客殿庫裡改修築の碑(大正寺)(2024.10.09)
- 井上勝像(東京駅丸の内北口付近)(2024.10.08)
- 躍像(西葛西駅北口)(2024.10.07)
« ハロウィン:ブギーマンのハロウィン(2018年、アメリカ) | トップページ | ハロウィン:恐怖の形(2021年、アメリカ) »
コメント