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社殿造営記念碑(昭和40年版)(布多天神社)

 東京都調布市の布多天神社にある、社殿造営記念碑(昭和40年版)を解読してみました。

社殿造営記念碑(昭和40年版)

【碑文】
社殿造榮記念碑
少彦名命菅原道真公を奉祀する延喜式内社布多天神
社は昔多摩川のほとり古天神の地にありしが文明年
間洪水をさけて現在地に遷座され當地の総鎮守とし
て尊崇をあつめ中でも廣福長者は信心殊の外あつく
神の御告によって布を多摩川の清流にさらしその布
を調布と云って時の朝廷に献上し以来この地を武州
調布の里と呼ぶに至ったと傳えられる
境内三千余坪拝殿は明治二十六年に改築され本殿は
これより前宝永三年に再建覆殿も同時に修復され樹
木欝蒼として古梅名高き所なりしも時をへて老朽人
人の心をいためその至情つのりて昭和三十六年四月
建設委員会の結成とともに之が造営に着手し昭和三
十九年十月その竣成をみるに至った
一般崇敬者の協賛はもとより時に氏子上布田町下布
田町小島町上ヶ給多摩川原大映社宅の各地区建設委
員の盡力奉仕は神徳の垂れ給うところこゝに神威の
きわまりなきを祈念する次第なり

  建設の概要
改築覆殿 渡殿   一四坪四ニ
増築 神饌所 祭器所 二坪一七
改修拝殿 向拝   一五坪
新設 玉垣     七四間
右総金額一金壱千弐百弐拾余萬円也

 昭和四十年十月吉日 布多天神社宮司 野沢博久謹記

【現代語訳】
社殿造営記念碑
 少彦名命(スクナヒコナノミコト)・菅原道真公を祭神とする延喜式内社・布多天神社は昔、多摩川のほとり、古天神の地にあったが、文明年間(1469~1487年)に洪水を避けて現在地に遷座され、当地の総鎮守として尊崇を集め、中でも廣福長者は信心が殊の外篤く、神のお告げによって布を多摩川の清流にさらし、その布を調布といって時の朝廷に献上し、以来、この地を武州調布の里と呼ぶに至ったと伝えられている。
 境内の広さは三千余坪で、拝殿は明治26年(1893年)に改築され、本殿はそれより前の宝永3年(1706年)に再建。覆殿も同時に修復された。樹木は欝蒼として古梅が有名だった。しかし、(建物の)老朽化が人々の心を痛め、改修の機運が高まって、昭和36年(1961年)4月に建設委員会を結成し、同時に造営に着手。昭和39年(1964年)10月に竣成となるに至った。
 一般崇敬者の協賛はもとより、氏子である上布田町・下布田町・小島町・上ヶ給多摩川原大映社宅の各地区建設委員の尽力・奉仕は、(少彦名命・菅原道真公の)神徳によるものである。ここに神の威光が無限であることを祈る次第である。

 碑文の内容を年代順に整理すると以下の通り。

古代        廣福長者が神のお告げによって布をさらす。
文明年間(1469~1487年)古天神の地から現在地に遷座。
宝永3年(1706年)     本殿を再建。覆殿を修復。
明治26年(1893年)    拝殿を改築。
昭和36年(1961年)4月  建設委員会を結成。造営に着手。
昭和39年(1964年)10月 竣成。
昭和40年(1965年)10月 記念碑建立。

 この石碑は1961~1964年の工事を記念したもので、工事の内容は「建設の概要」に書かれています。
 それから、当神社の境内には昭和60年版の社殿造営記念碑もあるので、そちらも併せて読むべし。
 それにしても、「古梅名高き所」とは…ああそうか、祭神が菅原道真だから、彼とゆかりのある梅が植えられていたのだな。

【関連記事】
布多天神社 東京都調布市調布ケ丘1-8-1

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