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河口慧海終焉之地の碑(世田谷区代田)

 東京都世田谷区の子どもの遊び場(東京都世田谷区代田2-14)にある、河口慧海終焉之地の碑を解読してみました。
 尚、この遊び場は閑静な住宅街の中にあり、しかも道が入り組んでいるため、地図なしで辿り着くのは難しいです。

河口慧海終焉之地の碑

【碑文】
(表)
            河口慧海終焉之地
 この地は、探検家として世界的に著名な河口慧海(1866~1945)が晩
年を過ごした屋敷跡である。慧海は哲学館で学んだあと、宇治の黄檗山萬福寺
の一切経を読むうちに漢訳の経典に疑問を持ち、原点を求めてチベット入国を
決意した。苦難の末、明治33年に日本人として初めてインド、ネパールを経て
チベットへ入った。2度にわたる入蔵では、仏典をはじめ、仏像、岩石や植物
に至るまでありとあらゆる文物を収集し日本へ持ち帰った。これらは、チベッ
ト文化を研究する上でなくてはならないものとなっている。
 晩年の慧海は、仏典やチベット語を教えるかたわら、自ら鍬を持ち屋敷内で
畑を耕し、大根や茄子、苺などの苗を植えて育てたという。
 慧海の没後60年に際して、業績を永く後世に伝えるため顕彰碑を建立するも
のである。
平成17年2月24日
                 世田谷区誌研究会 世田谷区教育委員会
                 河口慧海顕彰会

(裏)
      建立者名
下山照夫  瀬村進  川原英俊
上原家   水谷家  宮田恵美
    施主 大久保石材店

 河口慧海についての説明は、先に引用した碑文中にて既に為されているのでこれを省略。
 さて、碑文中にはここが屋敷跡だと書いてありますが、ちょっと見たところそれを示すのはこの石碑くらいのものでした。

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