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親鸞 白い道(1987年、日本)

監督:三國連太郎
出演:森山潤久、大楠道代、泉谷しげる、ガッツ石松、小松方正、三國連太郎
原作:三國連太郎『白い道』
英題:Shinran Path to Purity
備考:歴史劇、カンヌ国際映画祭審査員賞

あらすじ…承元の法難で越後に流された善信はその地でも弾圧を受け、妻子らを連れて上野の国へ行く。

 私はこの映画をレンタルビデオのDVDで視聴したのですが、私と同様にDVDで視聴する場合はDVDメニューの設定で「日本語字幕あり」に設定した方がいい。
 日本語の映画なのに日本語字幕を表示しろとは面妖なことだと不審に思われるかもしれませんが、これにはちゃんと理由があります。それは、セリフが聞き取りにくいものがあるのみならず、セリフ中に古語や宗教用語が当たり前の如く頻出するからです。

 次に、この映画の主人公の名前について。そもそも親鸞は出家状態中でさえ名前を何度も変えており、その変遷を簡潔に記すと以下の通り。

範宴→綽空→善信→親鸞

 この映画で描かれている時分には親鸞と名乗っていたはずだと記憶しておりますが、この映画ではなぜか終始善信で通しています。ですので、このレビュー記事ではこの映画の主人公を指す場合には善信と呼び、歴史上の人物としての親鸞を指す場合には親鸞と呼ぶことにします。ややこしいと思うかもしれませんが、御了承下さい。

 さて、映画の冒頭、善信が歌を歌いつつ小舟を漕ぎながら登場。その歌の歌詞をここに引用します。

聖徳太子の教えには
長者や卑賤の身となりて
仏の教えを広めなん
縁につながる人々に
救いの手をば差し伸べん

 泣けてくるねえ。
 それはさておき、この歌は聖徳太子の和讃(※1)ですな。このシーンは親鸞と聖徳太子信仰の深い関わりを表わしているようです。又、物語の中盤で太子堂が出てくるのも興味深い。

 それから、この映画を視聴する際に避けては通れないのが、親鸞の説く教義です。はっきり言って難しい。ここでくだくだと愚痴めいたことは書きませんが、そもそもの教義も難しいし、映画の中でわかりやすく解説しているわけでもない。
 でも、私の場合、『歎異抄』(※2)を読んでいたので少しはわかりました。飽くまで少しなので、宗論(※3)を持ちかけられても応対しかねるレベルですが…。
 それでは『歎異抄』を読んでいて少しはわかったという部分を取り上げることにします。それは、念仏宗徒たちが善信を拝みに集まったくだりで善信がツンデレを発揮したシーン。下記の(間)の前がツンで後がデレです。

お帰り下され!
地獄より他に行き場のない
わしのような者を拝まれても
あなた方は救われるはずはありません。
さあ すぐお帰りなさい。
今すぐにです!
(間)
でも…
もし 良心や仏性のひとかけらもない
わしのような悪人とでもよろしかったら
ご一緒に…
疑っても疑っても壊れない信心が
欲しいと思われるなら
共に御仏の声を聞いてみませぬか

 上記の善信のセリフを言葉通りに受け取ってはいけない。『歎異抄』の中で何度も出てくる親鸞の逆説(※4)を踏まえていれば、このセリフも逆説的であることがわかるのではないでしょうか。
 もしも『歎異抄』を読んだことがあるのならば、「地獄より他に行き場のないわしのような者」の部分については、「地獄は一定すみかぞかし」のくだりを想起すべし。

 さて、ブログのレビュー記事としては長くなりすぎました。まだまだ書いておきたいことはありますが、これくらいにしておきます。

※1.和讃とは仏教の教義をわかりやすく歌謡にしたもの。
※2.親鸞の弟子の唯円が、師の異説の広まるのを嘆いて、師の本当の教えはこうである、と書いたもの。
※3.仏教界における神学論争。
※4.例えば「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。」(善人でさえ極楽浄土に往生するのだ。悪人が極楽浄土に往生するのは言うまでもない。)は逆説の典型。

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