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渡辺京二『北一輝』筑摩書房(2)

 映画「戒厳令」では『日本改造法案大綱』が重要なアイテムとして登場しますが、本書における『日本改造法案大綱』の地位はさほど高くはなく、全十一章の内の「第十章 擬ファシストへの道」(P293-326)にて論考しているくらいのものです。
 それよりは寧ろ、『国体論及び純正社会主義』の方を重要視しているらしく、こちらは第四章~第六章(105-206)を丸々その論考に割いている程です。
 『日本改造法案大綱』よりも『国体論及び純正社会主義』を重視するという点において、本書は映画「戒厳令」の補助教材にはあまりふさわしくないのかもしれませんが、『国体論及び純正社会主義』について知っておいても損はありますまい。

 さて、『国体論及び純正社会主義』についてですが、著者(渡辺京二)は「日本近代国家と日本革命の性質を論じた部分」(P133)を次のように要約しています。長くなりますが引用します。

 北は、明治三十年代の国家は、帝国憲法の水準では社会主義国家であるが、藩閥政府と教育勅語の水準では天皇制専制国家であり、現実の経済制度の水準では、ブルジョワジー・地主の支配する資本制国家であると把握した。さらに、日本はすでに維新革命によって法的には社会主義国家なのであるから、来るべき社会主義革命は、教育勅語水準の天皇制専制主義(すなわち彼の用語によれば「国体論的復古的革命主義」)を反国体、憲法違反として無化し、ブルジョワジー・地主の経済的階級支配を廃絶する第二維新、すなわち補足的な経済革命で十分である、と主張した。(P133-134)

 この後、渡辺氏はこの理論を理解できない「知的カースト社会の住人」(P134)を非難していますが、理解できないのも無理はあるまい。それくらいブッ飛んでいます。
 いや、渡辺氏はこの理論についての解説を長々と述べており、それをちゃんと読むならば論理の筋道が通っていることは了解できる(ただしそれが正しいかどうかは別)のでしょうが、そもそもの認識(把握)が自分とは違いすぎて私なんぞはまずついて行けません。
 大日本帝国憲法が社会主義って…。

 ところで、引用文中に「社会主義革命」や「ブルジョワジー」などといった語が散見されていますが、これは明らかにマルクス史観を下敷きにしています。ということは、この理論を理解するにはマルクス史観を基礎教養として修得していなければなりません。
 なぜ私がわざわざこんなこと言うのかというと、それはマルクス史観が現在では時代遅れの考えであると一般的には見なされており、論壇の人や共産主義者なら知っているかもしれないが、一般にはあまり知られなくなっているからです。余計なお世話かもしれませんが、念のためにそのことは指摘させていただきます。

【関連記事】
渡辺京二『北一輝』筑摩書房(1)
戒厳令(1973年)

【参考文献】
渡辺京二『北一輝』筑摩書房

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