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日本裏歴史研究会『人に話したくなる裏日本史』竹書房(3)河童と清正

 「九州河童風雲録」(P80-84)では、九千匹の河童を従えた大親分・九千坊と加藤清正が戦争をしたことが述べられています。

 九州の河童は、お国柄のせいかやたらと抗争を繰り返していたのだ。特に九千坊は、加藤清正というビッグネームと戦ったと言い伝えられている。
 発端は、河童が清正お気に入りの小姓の尻子玉を抜いたせいだったという。河童の大親分といっても、相手が虎殺しの清正では分が悪い。球磨川には大筒が撃ち込まれ、やむなく九千坊は熊本からにげ出すことになった。
(P81)

 さすがは加藤清正。戦国時代を生き抜いてきただけあって、やることが荒っぽい。平和な時代の備後の福山藩の対応(井伏鱒二「河童騒動」)とはえらい違いですな。
 ちなみに、『落栗物語』では謎の怪物が加藤清正の従者の美少年を拉致しようとした事件が載っており、私はこれは河童ではないかと考えました。上記の通り河童と加藤清正が戦ったという伝承があったということは、やはり『落栗物語』の怪物も河童だったと考えていいのかもしれません。

北村西望作「加藤清正公」(井の頭自然文化園)

【参考文献】
日本裏歴史研究会『人に話したくなる裏日本史』竹書房

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