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『落栗物語』

 『落栗物語(おちぐりものがたり)』というタイトルだけを見ると、『落窪物語』のパロディ作品かなと思ったのですが、さにあらず。冒頭の解説文によると「本書は豊臣秀吉の時代から寛政頃までの見聞・逸話集で、八十一条から成る」(P70)とのこと。全然違いますな。
 さて、本書の中身ですが、正親町公通(P74)や九条尚実(P76)、三条西実隆(P109)など「公家に関する話題が多い」(P70)のですが、今回取り上げるのは公家ではなく知名度の高い戦国武将・加藤清正の1エピソード。原文と拙訳を両方載せておきます。

[三六]主計頭藤原清正朝臣は、隠れなき武勇の人也。肥後国を攻取て領せられしが、或時河のほとりに出て、従者共に魚を取らせて興ぜられしに、其中に清げなる童のありしを、海より怪き者出て引入んとす。清正きつと見て、「やをれ曲者よ。我前にて何とてかゝる事はする」と怒られければ、彼者大に驚きたるさまにて、童を打捨て、清正に向ひぬかづき拝みて遁去りぬ。(P107-108)

【拙訳】
(36)加藤清正は世に隠れもない武勇の人である。清正は戦功により肥後国を領有していたが、ある時、河のほとりに出て、従者たちと一緒に魚を獲って楽しんでいた。その中に美少年がいたのだが、海から怪しいモノが出てきて少年を水の中に引き入れようとした。清正はにらみつけて、
「やいバケモノ! 俺の目の前で何しやがる!」
 と怒鳴りつけると、そいつはビックリしたようで、少年を放り出し、清正に向かって土下座して逃げ去った。

 この怪物(妖怪)が河の中から出てきたのなら河童じゃないのかと言えるのですが、文中では海から来たとあります。ただ、清正たちがいたのは海辺ではなく河のほとりであるので、文中の海の語は河の誤りであると見ることができるかもしれません。あるいは、海の方、すなわち下流から出現したのかもしれません。もしそうならば河童の可能性も復活してきます。

【参考文献】
多治比郁夫・中野三敏校注『当代江戸百化物 在津記事 仮名世記 新日本古典文学大系97』岩波書店

【関連記事】
日本裏歴史研究会『人に話したくなる裏日本史』竹書房(3)河童と清正

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