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大田南畝『仮名世説』

 逸人(優れた人)・高士(徳の高い人)のエピソード集。ただし脚注をチェックしてみると、「この条は○○の『××』より引く」等の記述があり、他の文献から色々と寄せ集めて作ったものであることがわかります。
 その中で本書オリジナル(と思われるもの)はないかと探してみたら、ありました。相撲取りの谷風梶之助のエピソードです。拙訳にて紹介します。

 関取の谷風梶之助が、後輩の力士を供に連れて日本橋船町を通った時、魚屋から鰹を買おうとしたのだが、鰹の価格がとても高かったので、交渉役の後輩に「まけてもらえ」と言い付けて立ち去ろうとするのを、魚屋の店員が谷風を呼び止めて、
「関取がまけると言うのは(負けるに通じるので)忌むべきことです」
 と言うと、谷風は戻ってきて、後輩に「(その値段で)買え買え」と言って買わせたのはおかしな話である。
 これは谷風がまけるのではない。魚を売る方をまけさせることなので、さほど忌むべきことではないのだが、そこで谷風が「買え買え」と言ったのは少々早とちりしたようだ。
 この話は私が若い頃、まのあたりに見たことである。
(P359)

 最後の一文でオリジナルと判断しました。
 ところで、勝負の世界に生きる者が験を担ぐのはよくある話で、現代でもプロスポーツの選手などが験を担ぐ話があったりします。ちなみにこの話に出てきた鰹も縁起物で、本書収録の北条氏綱のエピソード「江戸にて初鰹をめづる事」(P356-357)には、鰹は「勝負にかつを」に通じるとあります。
 谷風にしてみれば、鰹を求めて「勝負にかつを」求めたら、かえって縁起が悪くなりそうだったので(※)無理して買う羽目になった、ということなのでしょう。ひょっとしたら魚屋は、谷風の足元を見てボッタクリ価格を提示したのかもしれません。

※この時買わないという選択肢もあったが、そうすると「かつを(勝つを)逃す」に通じるのでこれまた縁起が悪い。

【参考文献】
多治比郁夫・中野三敏校注『当代江戸百化物 在津記事 仮名世記 新日本古典文学大系97』岩波書店

【関連記事】
日本裏歴史研究会『人に話したくなる裏日本史』竹書房(5)初鰹

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