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ロード・ダンセイニ「成れの果て」

 とても短いので全文を引用します。

 ひとりの広告屋が丘陵の彼方にそびえる大聖堂のいくつもの尖塔に気がついて、つくづく打ち眺めてから泣き出した。
「ああ、あれが『おいしさ抜群、栄養満点、スープに入れておためしください、ご婦人方も大絶賛の<ビーフォ>です』の広告だったら、いうことないんだがなあ」
と、広告屋はつぶやいた。
(P97)

 大聖堂の尖塔という目立つところに広告を掲示することができれば、この広告屋は大儲けできます。もちろんそんなことはできないので広告屋は泣き出したのですが、そういう発想を馬鹿げたものとして退けずに、泣き出すほど本気になって考えること自体、商業主義が信仰を凌駕しています。
 しかも、この作品の原題が「What We Have Come to」で"We"(我々)の語を用いていることから、こんな風になったのはこの広告屋一人のみではなく、我々もそうなんだということを言い表わしているようです。

成れの果て

【参考文献】
ロード・ダンセイニ『最後の夢の物語』河出書房新社

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