D・H・ロレンスは『チャタレイ夫人の恋人』の作者として有名です。私も10年くらい前に『チャタレイ夫人の恋人』を読んだことがあります。
そういえばこの「指ぬき」は、『チャタレイ夫人の恋人』と共通する点がありますな。
(1)若い人妻が主人公
(2)新婚の夫が戦争に出征
(3)その夫が傷痍軍人となって帰ってくる
ただ、チャタレイ夫人は不倫に走りますが、こちらは「俺たちの戦いはこれからだ!」とばかりに夫婦の再生を描いて終わらせています。よかったですね、道徳的に。
さて、今回、重要アイテムとして登場する「指ぬき」ですが、これは妻が夫を待つ間に偶然発見し、色々あって最後は夫が窓から投げ捨てています。この指ぬきの象徴的意味合いは何でしょうか?
この指ぬきには「一八一〇年十月十五日という日付」があるのでかなり古い物だということがわかります(巻末の解説によると本作は一九一五年の作品)。そこから考えるに、これは旧来的なもの、ひいては今までの夫婦関係を象徴させておいて、それを捨てることで新たなスタートを切るのだということを示しているのかなと思います。
最後にどうでもいいことを一つ。それは妻が夫を待つ間のこと。
ソファの端まできた右手が、腕木とソファの接する隙間をわずかに押した。ほっそりと白い指が亀裂を押して入って行き、リズミカルに同じ動きをくりかえしながら、だんだん奥のほうへ、古いソファのピンと張った絹地の隙間ふかく入って行く。暖炉の火が窓の壷に挿してある黄色い菊をちらちらと照らしている。心は緊張のために空白になっていた。
指は一刻も動きをとめず、じりじりとソファの亀裂の奥ふかく入って行き、探りに探りつづけて底に達した。たしかに底だった。そこまで届いた指が、それをたしかめた。たしかめた上できわめてゆっくりと、ピンと張っている亀裂の周囲全面をさぐった。(P148)
本来は全くエロじゃないんだけど何故かエロい。この文章の書き手が『チャタレイ夫人の恋人』の作者だからなのか、あるいはフロイト的解釈で性的な意味を見出し得るからなのか(だって亀裂に挿入するんですよ!)、あるいはその両方なのか。そのあたりの分析は長ったらしくなるのでやめておきます。
ただ、引用文中に「心は緊張のために空白になっていた」とあるし、この引用部分の直後に「女の心に意識がめざめた」(P148)とあることから、彼女のこの一連の行為は「意識がめざめ」ていない状態、すなわち無意識下で行われていたらしいということは指摘しておきます。
【参考文献】
小野寺健編訳『20世紀イギリス短篇選(上)』岩波書店
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