エドガー・アラン・ポー「モルグ街の殺人事件」
あらすじ…「僕」はパリ滞在中、ふとしたことでC・オーギュスト・デュパンと出会い、意気投合。共同生活を送るようになる。そんなある日、モルグ街でレスパネェ夫人母娘が惨殺される事件が起こる。デュパンが捜査に乗り出す。
エドガー・アラン・ポーが作り出した名探偵デュパンとは何者か? 少々長くなりますが、本文から彼について述べた部分を引用します。
この青年紳士は、立派な家柄――むしろ名家といってもよい家柄の出だったが、いろいろ不運な出来事が重なって、ひどい貧乏になり、ために生来の気力も挫けて、今ではもう、世の中へ出て活動する気も、家運挽回の念も、全くなくなってしまっていたのだった。幸い、債権者たちの好意で、親の財産が、まだ少しばかり残っていたもので、それから上る収入を頼りに、ひどくつつましい節倹をして、余計な贅沢さえ考えなければ、どうやらその日の糧に事欠くようなことは、まずなかった。事実、書物だけが、唯一の贅沢だったが、それくらいならば、パリでも、容易に手に入った。(P82)
今の言葉で言うならば、デュパンはニートですな。ホームズやポワロなどは依頼人から報酬を得て生活していたプロの探偵ですし、ブラウン神父は探偵は副業で、本業は司祭でした。一方のデュパンは、これといった仕事に就いているわけではないし、今回の「モルグ街の殺人事件」では自ら首を突っ込んでいるので依頼人は存在せず(この時点でデュパンは無名の存在であるし、私立探偵の看板を掲げているわけでもない)、報酬を手に入れた形跡もありません。
ここで思い出したのが、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」で初登場する明智小五郎です。この時の明智は書生という設定になっていますが、実態はニートです。デュパンと明智小五郎にこんな共通点(?)を見出せるとは思いませんでした。乱歩が「モルグ街の殺人事件」をどれだけ意識して「D坂の殺人事件」を書いたか調べてみるのも一興ですが、その栄光ある作業は他者に譲ることにします(両作品ともその方面では有名ですので、既に比較論考している方も多いでしょう)。
さて、デュパンの「名推理」について特徴があるので一つ指摘しておきます。それは、彼が自分の推理を展開する時、「一種の忘我状態に入」(P106)って、「独語のように、ひとり喋りつづけ」(P106)ることです。例えば104ページ6行目から126ページ15行目まで、間に「僕」の言葉が少々挟まっているものの、殆どはデュパンの長い長いセリフが延々と続きます。正直言って、これは読んでいて辛い。
シャーロック・ホームズにはドクター・ワトスンという聞き手がいて、ホームズの話をいかにうまく引き出しているか、そしてホームズもいかに簡潔に伝えているかが、この「他山の石」でわかったような気がします。
【参考文献】
ポオ作『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』岩波書店
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