与謝野馨『堂々たる政治』新潮社
表題の「堂々たる政治」の語は、本書の以下の部分にあります。
本来なら、政治は国民の前に堂々と増税の可否と、その使い方の選択肢を提示しなければならないはずだ。そこから逃げるためにいろいろな幻想を振りまくということは、「堂々たる政治」とはいえない。(P170)
ということは、今夏の参議院選挙で「たちあがれ日本」は、「増税の可否と、その使い方の選択肢を提示」するのでしょうか。まあ、そこは平沼氏や石原都知事とも相談しなければならんのでしょうが。
ところで、著者は第五章 政治家の王道「役人は使いこなすべき」で、官僚をひとしきり擁護した後、
「政治主導」という言葉は「政治家が何から何まで決めます」「細かいことまでやります」という意味ではない。政治主導とは、物事の行く末の方向を指し示すという意味だ。だから、政治家は方向性を間違えてはいけない。それこそが政治家の仕事である。
そうして、示した方向性の結果については政治家が自ら責任を取る。あとは極端に言えば、酒を飲んで遊んでいてもいい。(P141)
言っちゃ悪いが、スピーチは官僚の作文を読み上げるだけ、法案の作成も官僚任せという古いタイプの政治家の言葉ですな。
私は民主党政権下で行なわれた事業仕分けを拝聴しましたが(自民党も事業仕分けをしていましたが、一般傍聴は不可だったと記憶しております)、そこで汗をかいている政治家たちは与謝野氏が唱える「政治主導」とは異なる政治主導を発揮していました。天下り団体や二重行政の問題などの解決にはこうした作業の方が効果的だと思います。
又、政治家が方向を指し示すだけでは、官僚が面従腹背で改革案などを骨抜きにしたら意味がないですし。
それはさておき、本書には優れた点があります。それは、ちゃんと自分の言葉で語っているということです。
「何だ、当たり前のことじゃないか」
と思うかもしれませんが、ゴーストライターが書いたとしか思えない程の内容の薄さを誇る、某総理大臣経験者の著書に較べれば、何倍も良心的です。
ちょっと引用してみます。以下の文章は、初めて野党に転落した時のこと。
帰国しても四谷の事務所で、午後になるといつも本を読んでいた。ふっと見たらウイスキーの瓶がある。昼間の三時ごろ、氷もないので水道水でウイスキーの水割りを作って飲んだ。実にうまい。野党になったときのお酒の味は格別おいしいと実感した。以降しばらくは、夕方になると酒を飲んでうさを晴らしていた。(P109)
昼間から酒を飲んでいたことを堂々と述べるのは、本人にしかできない芸当です。名目上の著者を美化して描かないといけないゴーストライターだったら、この部分には目を瞑ってしまいますからね。
堂々たる政治 (新潮新書) 著者:与謝野 馨 |
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