笛吹明生『大江戸とんでも法律集』中公新書ラクレ
江戸時代初期から中期(享保)までの幕府の、幕府の「御触」を紹介したもの。
「家に忍び入ったり、土蔵の戸を開けたり、壁を破った者は窃盗未遂でも入れ墨」(P79)
といった刑法的なもの、あるいは
「(新将軍の綱吉公が)明日六月十八日に上野に御成になるので、火の用心に念を入れてください。御成の道筋の各町は、今から道を掃除してきれいにしましょう。土蔵や二階の窓は塞ぎ、屋根にはなにも置かぬように。当日は喧嘩口論万事騒がしきことのないようにしてください」(P154)
といった政府公報に該当するようなものまで、色々とあります。
そんな中で、私が個人的に注目したのは以下のお触れです。
「この頃人を食う馬が出るといいますが、今度その馬が出たら、町の者が出て早々に捕らえましょう」(P110)
人食い馬! 人を食う馬といえばギリシア神話に登場する、トラキア人のディオメデスの牝馬(ヘラクレスの12の功業の一つ)しか私は知りませんが、江戸時代にもいたのか…。
でも、お触れの文章をよく読むと、「人を食う馬が出るといいますが」とあり、伝聞の形で表現しています。又、もしも本当に人を食う馬が出現したのなら、その馬に食われた人間がいるはずなのですが、そういった被害については全く書かれていません。このことはつまり、当局が事件の存在を「確認」できなかったことを示しているのではないでしょうか。
これは私の推測ですが、当時、人食い馬の都市伝説が流布していて、それをお役人が取り上げてこのお触れを出したのではないでしょうか。都市伝説なら、実際に被害が出ていなくてもおかしくないからです。
更にこの時の役人の心理を推測すると、人食い馬の話はにわかに信じがたい。しかしだからといって何も対策を取っていないと自分が怠けていることにされかねない。そこでとりあえず、お触れを出して自分は仕事をしているというポーズを見せておこう…、といったところでしょうかねえ。
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大江戸とんでも法律集 (中公新書ラクレ) 著者:笛吹 明生 |
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コメント
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追記を少々。
その後の調査で、日本にも人食い馬の伝説が存在することがわかりました。小栗判官が乗りこなした荒馬「鬼鹿毛」が人食い馬とのことです。
投稿: 泉獺 | 2009年7月 1日 (水) 15時41分