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ドグラ・マグラ(1988年、日本)

監督:松本俊夫
出演:松田洋治、桂枝雀、室田日出男、三沢恵理
原作:夢野久作『ドグラ・マグラ』
備考:カルト映画

あらすじ…青年が精神病院の一室で目覚める。彼は、自分が何者で、なぜ自分がここにいるのか一切の記憶がなかった。そこへ若林博士がやってきて、青年の記憶を取り戻させようとする。

 原作は未読。この映画自体がわかりにくい作りになっていますが、これでも整理されているというから、原作小説はもっと難解であるに違いない。読む気が失せてしまいそうですわ。

 さて、まずは主人公の青年ですが、最初の段階では名前すら不明です。どうやら彼は呉(くれ)一郎という名前らしいのですが、主人公本人が一度は否定しており、これも本当かどうかよくわからない状態で話が進みます。ただし、最後のスタッフロールを見ると…おっと、ここから先は伏せておきましょうか。
 又、若林博士にせよ、正木博士にせよ、彼らがどこまで本当のことを言っているのか、正直言ってよくわからない。それにそもそも、主人公の青年が見聞したこと自体、どこからが現実でどこまでが狂気による幻覚かも判然としがたい。

 この作品は、そういう風にして観客を幻惑しているようです。私はこの悪夢に酔うが如き作風をそう何度も味わいたいとは思いませんが、ハマる人はハマるでしょうな。

魔性の夏 四谷怪談・より(1981年、日本)

監督:蜷川幸雄
出演:萩原健一、高橋惠子、夏目雅子、石橋蓮司、勝野洋、小倉一郎
原作:鶴屋南北『東海道四谷怪談』
備考:ホラー、時代劇

あらすじ…浪人の民谷伊右衛門は、自分の旧悪を暴こうとした舅の四谷左門を殺害する。ちょうどその時、伊右衛門の妻(いわ)の妹・そでに横恋慕していた直助は、そでの夫・与茂七だと思った人物を殺すが、それは別人だった。

「魔性の夏 四谷怪談・より」人物関係図

 オープニングでJ.S.バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」が流れた時は、ある種のセンスのよさを感じました。ここで描かれる楽しそうな光景を観た後で、四谷怪談の凄惨な物語が展開されるかと思うと…。

 ところで、伊右衛門がいわに「例の薬」を飲ませた後、いわを芝居見物に誘うなど妙に優しい素振りを見せます。疚(やま)しいところがあるからだな。

 それから、ラストについて。
 ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、ああいう終わり方をするというのは、全く救いがない。まあ、それはそれで頽廃的で面白い…と言えば不謹慎か。

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嵐が丘(1988年、日本)

監督:吉田喜重
出演:松田優作、田中裕子、名高達郎、石田えり、萩原流行、三國連太郎
原作:エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
備考:時代劇

あらすじ…山部高丸は都で拾った孤児を連れて帰り、鬼丸と名付ける。成長した鬼丸は高丸の娘・絹と惹かれ合うが、絹は都へ巫女にやられることに。絹は一計を案じ、分家の西の荘・山部光彦に嫁ぐことにする。

「嵐が丘」人物関係図

 上記の人物関係図は物語の前半まで。後半になると絹の娘(母と同名の絹)や秀丸の息子(良丸)が愛憎劇のプレイヤーとして参戦します。

 尚、原作の小説は未読。又、『嵐が丘』は何度も映像化されていますが、そちらの方も未見。ですので、それらとの比較はしません。

 それはさておき、東の荘と西の荘の建物や周囲の風景などがどことなく「蜘蛛巣城」に似ているなと思ったら、舞台美術を手掛けたのが同一人物(村木与四郎)で、しかもロケ地がいずれも富士山の太郎坊でした(ソースは「嵐が丘」の方はDVD収録のメイキング、「蜘蛛巣城」の方はwiki)。

 それから、絹(田中裕子)の能面のような美しさと、鬼丸(松田優作)の野人の如き精悍さは対照的です。二人の濡れ場ではそれをより一層感じ取れます。もっとも、後半の鬼丸は野人というよりも鬼、更に最後は鬼神の如き有様となるのですが…。

 又、死期を悟った絹が、「自分が死んだら鬼丸を地獄に連れて行く」といった主旨のセリフを述べます。一見するとこれは夫と娘を鬼丸から守ろうとしているのだと受け取れますが、実はあの世で自分は鬼丸と添い遂げる気なのだと解釈できないこともない。
 更に意地の悪い見方をするのならば、絹は鬼丸と同様、自分も地獄に堕ちる存在だと自覚していたんじゃないでしょうか。

 最後に、作品を観終えて一言。こりゃ祟るな。
 そもそもあんな魔神がくたばったとしても、おとなしく冥土へ引っ込んでくれるわけがないからです。観ているこっちの方はお腹いっぱいなので、あそこで話が終わってメデタシメデタシなのですが、物語の登場人物たちにとってはそうではあるまい。きっと今後も鬼丸の影に怯える日々を送るでしょうな。あな恐ろしや。

親鸞 白い道(1987年、日本)

監督:三國連太郎
出演:森山潤久、大楠道代、泉谷しげる、ガッツ石松、小松方正、三國連太郎
原作:三國連太郎『白い道』
英題:Shinran Path to Purity
備考:歴史劇、カンヌ国際映画祭審査員賞

あらすじ…承元の法難で越後に流された善信はその地でも弾圧を受け、妻子らを連れて上野の国へ行く。

 私はこの映画をレンタルビデオのDVDで視聴したのですが、私と同様にDVDで視聴する場合はDVDメニューの設定で「日本語字幕あり」に設定した方がいい。
 日本語の映画なのに日本語字幕を表示しろとは面妖なことだと不審に思われるかもしれませんが、これにはちゃんと理由があります。それは、セリフが聞き取りにくいものがあるのみならず、セリフ中に古語や宗教用語が当たり前の如く頻出するからです。

 次に、この映画の主人公の名前について。そもそも親鸞は出家状態中でさえ名前を何度も変えており、その変遷を簡潔に記すと以下の通り。

範宴→綽空→善信→親鸞

 この映画で描かれている時分には親鸞と名乗っていたはずだと記憶しておりますが、この映画ではなぜか終始善信で通しています。ですので、このレビュー記事ではこの映画の主人公を指す場合には善信と呼び、歴史上の人物としての親鸞を指す場合には親鸞と呼ぶことにします。ややこしいと思うかもしれませんが、御了承下さい。

 さて、映画の冒頭、善信が歌を歌いつつ小舟を漕ぎながら登場。その歌の歌詞をここに引用します。

聖徳太子の教えには
長者や卑賤の身となりて
仏の教えを広めなん
縁につながる人々に
救いの手をば差し伸べん

 泣けてくるねえ。
 それはさておき、この歌は聖徳太子の和讃(※1)ですな。このシーンは親鸞と聖徳太子信仰の深い関わりを表わしているようです。又、物語の中盤で太子堂が出てくるのも興味深い。

 それから、この映画を視聴する際に避けては通れないのが、親鸞の説く教義です。はっきり言って難しい。ここでくだくだと愚痴めいたことは書きませんが、そもそもの教義も難しいし、映画の中でわかりやすく解説しているわけでもない。
 でも、私の場合、『歎異抄』(※2)を読んでいたので少しはわかりました。飽くまで少しなので、宗論(※3)を持ちかけられても応対しかねるレベルですが…。
 それでは『歎異抄』を読んでいて少しはわかったという部分を取り上げることにします。それは、念仏宗徒たちが善信を拝みに集まったくだりで善信がツンデレを発揮したシーン。下記の(間)の前がツンで後がデレです。

お帰り下され!
地獄より他に行き場のない
わしのような者を拝まれても
あなた方は救われるはずはありません。
さあ すぐお帰りなさい。
今すぐにです!
(間)
でも…
もし 良心や仏性のひとかけらもない
わしのような悪人とでもよろしかったら
ご一緒に…
疑っても疑っても壊れない信心が
欲しいと思われるなら
共に御仏の声を聞いてみませぬか

 上記の善信のセリフを言葉通りに受け取ってはいけない。『歎異抄』の中で何度も出てくる親鸞の逆説(※4)を踏まえていれば、このセリフも逆説的であることがわかるのではないでしょうか。
 もしも『歎異抄』を読んだことがあるのならば、「地獄より他に行き場のないわしのような者」の部分については、「地獄は一定すみかぞかし」のくだりを想起すべし。

 さて、ブログのレビュー記事としては長くなりすぎました。まだまだ書いておきたいことはありますが、これくらいにしておきます。

※1.和讃とは仏教の教義をわかりやすく歌謡にしたもの。
※2.親鸞の弟子の唯円が、師の異説の広まるのを嘆いて、師の本当の教えはこうである、と書いたもの。
※3.仏教界における神学論争。
※4.例えば「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。」(善人でさえ極楽浄土に往生するのだ。悪人が極楽浄土に往生するのは言うまでもない。)は逆説の典型。

オペラ座 血の喝采(1988年、イタリア)

監督:ダリオ・アルジェント
出演:クリスティナ・マルシラック、イアン・チャールソン、ウルバノ・バルベリーニ、ダリア・ニコロディ
原題:Opera
備考:ホラー、R-18、完全版

あらすじ…若きオペラ歌手ベティのもとに、ヴェルディのオペラ「マクベス」のマクベス夫人の役が舞い込む。だが…。

 スプラッター描写が続くので注意されたし。かく言う私も観ていて気持ち悪くなってしまい、途中休憩を余儀なくされました。「食人族」もひどかったがこちらもなかなか…まったくいい趣味してやがるぜ。

 ところで、本作に登場するオペラ「マクベス」はシェイクスピア劇の「マクベス」をヴェルディがオペラ化したもので、wikiであらすじを読む限りではストーリーは大体同じもののようです。とはいえ、「マクベス」のストーリーが惨劇に反映されるなどといったことはないので、別にストーリーを知らなくても問題ありません。
 寧ろ知っておいた方がいいのは、「マクベス」が持つ不吉さです。劇場では演劇以外で「マクベス」と言うと災いが起こるというジンクスがあって、言わなければならない場合は"The Scottish Play(スコットランドの演劇)"と言い換えるのだとか。マクベスが忌み言葉となっています。
 もちろん、映画では災いで済まされないレベルの大惨事になります。草葉の陰でマクベスが「俺のせいじゃねえよ」と言うくらいに。

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食人族(1980年、イタリア)

監督:ルッジェロ・デオダート
出演:ロバート・カーマン、フランチェスカ・チアルディ、ガブリエル・ヨーク、ペリー・ピルカネン
原題:Cannibal Holocaust
備考:スプラッター、ファウンドフッテージホラー、どう見てもR18

あらすじ…取材クルーがアマゾンの密林で消息を絶った。探索に出たモンロー教授は遂に彼らの死体とフィルムを見付けるが、そのフィルムには衝撃の事実が写っていた!

 エログロ残虐猟奇趣味が山盛りになった怪作。私は江戸川乱歩の小説などで免疫が付いている方なのですが、それでも結構きつかったです。正直なところ、吐き気を催しました。
 大亀の屠殺シーンなどはまだマシな方で、血まみれの死体や大量虐殺、強姦、人食いなどなど…。苦手な人は観てはいけません、と警告しておきます。
 いやあ、ほんとに狂った作品ですわ。「ピンク・フラミンゴ」も狂ってましたけど、こちらも凄い。

 尚、この作品を二度見すれば、ジャーナリズムの暴走などについて深く考察できるようになるのかもしれませんが、さすがにこれ以上は観る気にはなれません。それは御免蒙ります。

ハムレット・ゴーズ・ビジネス(1987年、フィンランド)

監督:アキ・カウリスマキ
出演:ピルッカ・ペッカ・ペテリウス、カティ・オウティネン、エリナ・サロ、エスコ・サルミネン
原題:Hamlet Liikemaailmassa
原作:シェイクスピア『ハムレット』
備考:モノクロ

あらすじ…大企業の社長だった父の死後、若きハムレットはその会社の株を相続して大株主になるが、叔父のクラウスが社長に就任し、更にクラウスは母と再婚した。

「ハムレット・ゴーズ・ビジネス」人物関係図

 1987年の作品ですがモノクロです。又、本作品は部隊を中世ヨーロッパの王室から現代の企業に移しているのが特徴です。古いんだか新しいんだかわかりゃしない!

 ところで、この会社の経営状態はあんまりよろしくないようで、会議では造船所と製材所を売却して新商品を売り出そうという話が出てきます。でも、その新商品ってのはアヒルのおもちゃで、押すとプーと鳴るというしろものです。これが起死回生の策かよとツッコミを入れたくなります。
 ちなみにその会議で、クラウス社長は日本にも言及しています。曰く、
「小国日本に木材産業をも横取りされる日が来る」
 と。この映画が公開された1987年は、日本はバブル景気に踊っているか、その直前といったところで、既に充分経済大国だったような気がするのですが…。まあ、彼らの頭の中ではそういう認識だった、ということなんでしょう。

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レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ(1989年、フィンランド・スウェーデン)

監督:アキ・カウリスマキ
出演:レニングラード・カウボーイズ、マッティ・ペロンパー、カリ・ヴァーナネン
原題:Leningrad Cowboys Go America
備考:ロードムービー、コメディ、音楽映画

あらすじ…バンドグループ「レニングラード・カウボーイズ」がツンドラからアメリカ、そしてメキシコへと旅をする。

 最初の曲は「ポーリュシカ・ポーレ」。なかなかいい曲です。
 でも、それを演奏しているところが何もない荒野で、しかも外ではメンバーの一人がギターを持ったまま凍死しているという、ある意味すさまじい有様です。これはもう笑うしかない。
 道中もこんな調子であり、映画を観ながら声を出して笑うことが何度かありました。例えばバンドのメンバーがブチ切れてマネージャーをボコボコにすると「革命」、マネージャーが拘束を解かれて復帰すると「民主主義復活」と表現しているのにはブラックユーモアが感じられて面白い。
 それから、劇中の音楽はポルカやロック、カントリー、バラードなど様々なジャンルが詰め込まれており、同一のバンドで、しかもこんな短期間でこれほど多様に見せつけてくれるのかと感心してしまいます。

レニングラード・カウボーイズ

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クリスタル殺人事件(1980年、英米)

監督:ガイ・ハミルトン
出演:アンジェラ・ランズベリー、エリザベス・テイラー、ロック・ハドソン、キム・ノヴァク
原題:The Mirror Crack'd from Side to Side
原作:アガサ・クリスティ『鏡は横にひび割れて』
備考:ミステリー

あらすじ…久々の復帰作を撮影すべく、ロンドン郊外の閑静な町を訪れたハリウッドの大物女優マリーナ(エリザベス・テイラー)。だが、彼女の夫で映画監督のジェイソン(ロック・ハドソン)ら、関係者が出席した歓迎パーティで、招待客のひとりがマリーナのグラスに注がれたカクテルを飲み、変死してしまう。警察の捜査が袋小路に陥るなか、町に住む推理好きの老婦人ミス・マープル(アンジェラ・ランズベリー)は鋭い洞察力で事件の真相に迫るが…。(パッケージ裏の紹介文より引用)

「クリスタル殺人事件」人物関係図

 原作は未読ですが、アガサ・クリスティの作品はポワロシリーズを中心に幾つも読んでおり、その経験から言わせてもらうと、原作の小説では容疑者がもっと多くて人物関係ももっと錯綜していたんじゃないかと推察致します。

 それから、冒頭のモノクロ映画について。このモノクロ映画は殺人事件を描いたものなのですが、犯人を明らかにする直前で映写機が故障してしまうと、ミス・マープルが犯人を言い当ててしまいます。これによって我々はこのミス・マープルなる老婦人が名探偵であることを知るわけです。
 …え? ミス・マープルが名探偵なのはとっくに知ってるって? いえね、ミステリー・ファンならそんなことは百も承知ですし、私もミス・マープルを少しは読んでいるのでわかっているつもりですよ。でも、映画を観る人はミステリー・ファンとは限らない。そう…例えば出演者目当てでやってくる人だっています。そういう人たちに向けてわかりやすく説明するには、あれでよかったんじゃないでしょうか。

 最後に、印象的だったことを一つ。エリザベス・テイラーの声がかわいかったです。顔は老けていて厚化粧ですけど、声はかわいい。若い頃は凄かったんだろうなあ…。

13日の金曜日 パート3(1982年、アメリカ)

監督:スティーヴ・マイナー
出演:ダナ・キンメル、ポール・クラッカ、リチャード・ブルッカー
原題:Friday the 13th Part 3
備考:スプラッターホラー

あらすじ…クリスタル・レイクのキャンプ場で男女多数が惨殺される事件が発生。この時、殺人鬼ジェイソン・ボーヒーズは死んだかに見えたが、実は生きていて、別のキャンプ場の納屋に潜伏する。とそこへ、若者グループがキャンプにやってくる。

「13日の金曜日 パート3」人物関係図

 パート2の続きになりますが、パート2を観ていなくても問題ありません。かく言う私もパート2を観ずにこの作品を視聴しました。
 ところで、ジェイソンといえばアイスホッケーのマスク姿が有名ですが、今作で初めてその姿になります(それ以前は覆面をしていた)。パート3でジェイソンは、我々が一般的にイメージするジェイソンの姿になったということであり、逆に言えば、この姿になるまで3作品も要したということですな。

 それにしてもこの若者グループは、危機意識がなさすぎです。付近で凄惨な殺人事件が発生したばかりで、しかも凶悪な殺人鬼はまだ捕まっていない(※)という状況なのに、彼らはそんなことどこ吹く風とばかりにキャンプ生活を楽しもうとしています。
 まあ、これくらいバカでないとジェイソンの犠牲者は務まらないのかもしれません。

※生存者が殺人鬼を殺したと証言しているかもしれないが、その証言者は錯乱していて証言の信憑性には欠けるし、それに何より殺人鬼の「死体」が発見・回収されていない。まともな推理力の持ち主ならば、殺人鬼がまだ生きていてどこかに潜んでいるかもしれないと見て警戒するべきだと判断するだろう。

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