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白鯨(1956年、アメリカ)

監督:ジョン・ヒューストン
出演:グレゴリー・ペック、レオ・ゲン、リチャード・ベースハート、オーソン・ウェルズ、ハリー・アンドリュース
原題:Moby Dick
原作:ハーマン・メルヴィル『白鯨』
備考:海洋スペクタクル

あらすじ…船乗りのイシュメルは捕鯨船に乗る。その船のエーハブ船長は白鯨モビー・ディックへの復讐の念に取り憑かれていた。

 原作小説は高校生の頃に読んだ記憶がありますが、あいにく昔のことなのであまり憶えていません。ただ、私が読んだ本では船長の名前は「エイハブ」と表記していたことは憶えています。

 さて、それでは映画に話を戻すとしましょう。
 この映画の序盤に、教会で神父が説教するシーンがあります。神父を演じるのはオーソン・ウェルズで、一介の神父にしては威風堂々としすぎているものの、説教はなかなかの名調子です。
 そして説教の内容は鯨がヨナを飲み込むくだりについてです。『旧約聖書』「ヨナ書」によると預言者ヨナを飲み込んだのは「巨大な魚」(第2章第1節)とあり、これは一般的に鯨であると解釈されています。
 捕鯨に出る前にこんな話を持ち出すというのは、鯨がそれだけ恐ろしいものなのだぞということを強調する演出なのでしょう。

 それから、イシュメルらが出航する直前、ボロボロの服を着た男が声をかけてきますが、彼の名はイライジャ。この名前は旧約聖書の預言者エリヤの英語読みです。ちなみに、エーハブはこれまた旧約聖書の登場人物、イスラエルの王アハブに由来します。
 エリヤとアハブについて知りたい方は旧約聖書の「列王記」を読むべし。

 それにしても、グレゴリー・ペック演じるエーハブ船長の気迫が凄まじい。ネタバレ防止のために詳細は伏せますが、彼はモビー・ディックを討つためならば捕鯨船の採算も自分の利益も度外視し、更には子供の人命救助さえも拒否するという非道ぶりを発揮。しかもそれらの行為が苦渋の判断によるものなどではなく、そんなもの当たり前だと言わんばかりの姿勢で一貫しています。
 そんなエーハブ船長の姿を見ていると、もうラスボスはモビー・ディックじゃなくてこいつでいいんじゃないかと思えてきました。

怪猫逢魔が辻(1954年、日本)

監督:加戸敏
出演:入江たか子、坂東好太郎、勝新太郎、阿井美千子、村田千英子
原作:高桑義生
備考:ホラー、怪猫映画

あらすじ…女歌舞伎の座頭・市川仙女は中村座の桧舞台に立つ事となったが、仙女に代わって座頭になる野望を抱く坂東染若の奸計にはまる。花道から転落し、負傷した仙女は、傷薬と偽った毒薬により無惨な形相となった挙句、斬殺された。だが、どこからか現われた仙女の愛猫・美乃は主人の残血を舐める。それ以降、次々と怪異が起こり、仙女を陥れた者たちが襲われていく……。(パッケージ裏の紹介文より引用)

 まずは時代考証的なことを少々。
 女歌舞伎というちょっと聞き慣れない言葉が出てきたので調べてみたところ、阿国歌舞伎や遊女歌舞伎といった女性が演じる歌舞伎を女歌舞伎といい、1629年(寛永6年)には幕府から禁令が出ました。又、この作品の舞台となった中村座は1624年(寛永元年)にできており、両者はギリギリ同じタイミングで存在しうる。ただし、登場人物たちの風俗は江戸時代初期には見えないし、作中で言及されるようなお岩さんはもっと後の時代の人です。

 次に、あらすじはDVDパッケージの説明文を引用させていただきましたが、これでストーリーの殆どを言ってしまっています。ネタバレしてんじゃねえよと思うかもしれませんが、怪猫シリーズをある程度知っていれば(あるいは知っていなくても)後半の展開は予想できるってもんです。それに、そもそもここまで書いたのは私じゃない。

 それから、勝新太郎について。
 この作品で彼は瑞々しい好青年を演じていますが、正直言って印象が薄い。この時は新人で、人気に火がつく前です(勝新がブレイクするのは、悪役を演じた「不知火検校」)。

 尚、クライマックスの場面で演じられていた歌舞伎は「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」(通称:かさね)で、この演目の中で女性の顔が無惨なことになって悪い男に殺される、というのは市川仙女と共通しています。
 この状況下でよくもまあ、こんなものを上演しようと思ったものだ。いや、ひょっとしたらこの演目は前もって決まっていて、寧ろこんなのを演じていたからこそ仙女の怨霊を「召喚」してしまったのかもしれませんな。

ハロウィン・パーティ(1953年、アメリカ)

 このショートフィルムは、YouTubeで観ました。
https://youtu.be/uc1UQrvbPPQ

原題:HALLOWEEN PARTY

あらすじ…ハロウィン前夜、一家がハロウィンの準備をする。だがその翌日、家族の外出中に犬が…。

 この後、少年(ピーター)が変装するのですが、何に変装するのかというとカカシ(スケアクロウ)です。今だったらバットマンシリーズに登場するスケアクロウになるでしょうな。

濡れ髪剣法(1958年、日本)

監督:加戸敏
出演:市川雷蔵、八千草薫、中村玉緒、香川良介
備考:時代劇

あらすじ…遠州佐伯藩の若殿・松平源之助は剣の腕を誇っていたが、許婚・鶴姫の近習にこてんぱんにやられてしまう。そこで源之助は一念発起、家出する。一方その頃江戸では、家老の安藤将監の陰謀が進められていた。

 上記のあらすじの段を読むと、若者の成長を描いた時代劇と思ってしまうかもしれません。たしかにそういった要素はありますが、はっきり言ってこれはコメディです。
 例えば源之助の旅の道中での振る舞いなどは、傍から見ればクルクルパーのやってることですからね。
 とはいえ、クライマックスでは大立ち回りのチャンバラが展開されます。そこでは彼はいかにも時代劇のヒーローらしい。又、それによってコメディの時とシリアスの時とでは全然違った印象を受けることになり、市川雷蔵の演技の幅の広さを垣間見ることができます。

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市川雷蔵(目次)

点と線(1958年、日本)

監督:小林恒夫
出演:南広、山形勲、高峰三枝子、加藤嘉
原作:松本清張『点と線』
英題:The Dead End
備考:サスペンス

あらすじ…男女の死体が発見される。状況から見て心中かと思われたが、鳥飼刑事は男が所持していた食堂車のレシートが一人分になっているのを不審に感じる。

 原作は未読。後で調べてみるとテレビドラマ化もされているとのことですが、そちらも未見です。

 予告篇でも明らかにされているので言ってもネタバレにはならないと思いますが、死んだ男女は心中に見せかけた他殺です。ついでに言えば犯人の目星も早い段階で付き、その容疑者の「鉄壁のアリバイ」をいかに崩すかが中盤以降に描かれます。

 ところで、松本清張といえば時刻表を駆使したトリックが持ち味ですが、本作ではそれが遺憾なく発揮されています。時刻表をロクに見ない私なんかは作品内で説明されてもついて行けませんが、時刻表とにらめっこして進める作業はなかなか緻密で大変なものだというのはわかりました。

 最後に一つ。
 高峰三枝子のヤンデレ演技にはそそられるものがありました。

【松本清張原作映画】
霧の旗(1977年)
張込み(1978年)
無宿人別帳

新・平家物語(1955年、日本)

監督:溝口健二
出演:市川雷蔵、久我美子、木暮実千代、林成年、大矢市次郎
原作:吉川英治『新・平家物語』
備考:歴史劇

あらすじ…平安時代末期。平清盛はひょんなことから自分の「出生の秘密」を知り、苦悩する。

「新・平家物語」人物関係図

 まず人物関係図について少々。
 この時代の歴史をある程度知っている人ならわかると思いますが、史実ではもっと複雑です。原作の小説ではどうなっているのかは未読なのでわかりませんが、おそらくは映画化に際して簡略化されているものと思われます。
 そういえば源氏(もちろん武士の方です)は出てきませんでしたな。

 さて、本作の主人公・平太清盛(平清盛)を演じているのは市川雷蔵なのですが、この映画では吊り上がった太い眉毛が特徴的です。市川雷蔵の細面(ほそおもて)にあの眉毛を配するというのは妙な感じがしてなりません。まあ、おそらくあの眉毛は平清盛のキャラクターを表現しているのでしょう。
 それから、清盛の「出生の秘密」についても少々。有名な話なので言ってもネタバレにはならないと思いますが、清盛は実は白河院の御落胤らしい、という噂があります。実際のところどうだったのかについては歴史家の考証に委ねますが、ともかくもこの映画においてその「出生の秘密」は長く尾を引きます。それだけ重要な要因だってことです。

 尚、この映画では合戦のシーンはありません。というのは、瀬戸内海の海賊討伐が終わったところから物語が始まり、保元・平治の乱が始まる前に話が終わっているからです。
 その代わり、比叡山の僧兵軍団が大量に登場します。これは圧巻です。ただし、もう一度言いますが、合戦のシーンはありません。

 最後に一つ。中村玉緒がヒロインの妹(滋子)というチョイ役で出演しています。この時はまだ若手女優だったんですね。

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岡野友彦『院政とは何だったか 「権門体制論」を見直す』PHP
新源氏物語

第七の封印(1957年、スウェーデン)

監督:イングマール・ベルイマン
出演:マックス・フォン・シドー、グンナール・ビョルンストランド、ベント・エケロート
原題:Det sjunde inseglet
備考:モノクロ、時代劇

あらすじ…中世のスウェーデン。騎士アントニウス・ブロックとその従者ヨンスは十字軍の遠征から帰還の途上にあった。とそこへ、アントニウスの前に死神が現われる。アントニウスは死神にチェス対決を申し入れる。

 まずはタイトルについて。
 第七の封印とは『ヨハネの黙示録』に出てくるもので、映画の中でも引用されています。参考までに、手許の聖書から当該箇所を引用しておきます。

 小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。(『新約聖書』「ヨハネの黙示録」第8章第1節―第2節)

 『ヨハネの黙示録』とは、新約聖書に収録されている宗教文書の一つで、ヨハネという人物が神の啓示を受けて見た夢の内容を書き記したものであり、ここにはいずれ起こる世界の終末の有様が描かれているとされています。
 つまり、この映画は終末的世界を描いた作品であるとタイトルで言っているようなものなのです。
 ところで、第七の封印というからには、当然のことながら第一~第六の封印も存在します。それらの封印が開かれた時に何が起こるかというと、戦争や飢饉、死、大地震などであり、大勢の人間が死にます。
 そして第七の封印が開かれると天使たちがラッパを吹き鳴らすのですが、そうすると天変地異が起こって更に大勢の人間が死にます。
 この映画では疫病(ペスト)で大勢の人間が死んでいます(のみならず、十字軍の戦いでも大勢の人間が死んでいる)が、『ヨハネの黙示録』に従うのならば、こういうひどい状況がまだまだ続くどころか、もっとひどいことになります。う~ん、絶望的!

 ところで、アントニウスは自分にずっとついてきたと言う死神に「覚悟は?」と問われて、
「体はな。心はまだだ」
 と答えています。私は二回目に観た時、ひょっとしたら彼は病気を抱えていて、もうすぐ死ぬかもしれないと思っていながらもそれを受け入れられず、従者のヨンスにも病気のことを隠して旅を続けているんじゃないか…などと勘繰ってしまいました。
 実際のところ私の推測が当たっているのか外れているのかはともかくとして、この映画はこんな風に色々と考えさせてくれる仕掛けがそこかしこにあります。頭を使うから大変といえば大変ですが、これはこれで面白い。

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ノーマン・F・カンター『黒死病 疫病の社会史』青土社

結婚協奏曲(1952年、アメリカ)

監督:エドマンド・グールディング
出演:ジンジャー・ロジャーズ、フレッド・アレン、ヴィクター・ムーア、マリリン・モンロー
原題:We're Not Married!
備考:ラブコメ

あらすじ…ブッシュ氏はクリスマス・イヴに判事任命の通知を受け取るが、任期は来年の1月1日からだった。そのため、その間に結婚の手続きをした6組の夫婦の結婚が実は法律上は無効だったと明らかになる。

 6組の夫婦の内の1組が離婚手続きをしたことから今回の不祥事が発覚し、知事の名前で残り5組に「結婚は無効でした」との通知が送られることになります。その5組の夫婦は以下の通り。

(1)グラッドウィン夫妻
 夫婦でラジオのDJを務める。ラジオ番組ではおしどり夫婦という設定だが、実は仲が悪くなっている。

(2)ノリス夫妻
 妻のアナベルはミセス・コンテストの全国大会出場を狙う美女。夫のジェフは家事・育児を押し付けられて…。

(3)ウッドルフ夫妻
 しゃべりすぎてお互いに言うことがなくなる。

(4)メルローズ夫妻
 テキサスの金持ち。妻のイヴは夫のフレディを罠にかけて離婚の財産分与を有利に進めようとする。

(5)フィッシャー夫妻
 夫のウィリーは兵士として太平洋戦線へ赴くことに。妻のパッツィはオメデタ。

 (1)のラジオ番組での露骨なステマっぷりには笑いました。例えば(設定上は)3歳の娘がハミガキ粉のアピールをするのですが、とても3歳児のしゃべる内容じゃない。
 又、(2)ではマリリン・モンローがアナベルを演じているのですが、それだけ。(3)はシュール。(4)は一種のハニートラップ。(5)はちょっとスリリングな展開が見られます。

 尚、婚姻の手続きが日本とは異なるため、そのあたりはちょっとわかりにくかったです。

モンキー・ビジネス(1952年、アメリカ)

監督:ハワード・ホークス
出演:ゲイリー・グラント、ジンジャー・ロジャーズ、チャールズ・コバーン、マリリン・モンロー
原題:Monkey Bussiness
備考:コメディ

あらすじ…バーナビー・フルトン博士はオクスレイ社で新薬開発に取り組んでいた。ある時、実験用のチンパンジー(エスター)がいたずらで作った薬を飲んだバーナビーは、一時的に若返ってしまう。

「モンキー・ビジネス」人物関係図

 原題の"Monkey Business"の語を手許の辞書(オックスフォード)で調べてみると、"susperious or dishonest activities or behavior"(疑わしいか不正な活動あるいは振る舞い)とありました。まあ、たしかに若返りの薬なんてあったら、それはいかがわしいですな。

 ちなみに、本作でマリリン・モンローは社長秘書(ローレル)を演じていますが、彼女の見せ場といえばせいぜい若返ったバーナビーとデートをするくらい。ですので、その方面の期待はあまりしないように。
 寧ろ、ここではチンパンジー(エスター)の演技の方が面白い。エスターが「適当に」薬を調合するくだりには笑っちゃいました。

薄桜記(1959年、日本)

監督:森一生
出演:市川雷蔵、勝新太郎、真城千都世
原作:五味康祐『薄桜記』
英題:Samurai Vandetta
備考:時代劇

あらすじ…浪人・中山安兵衛は高田馬場の決闘で村上兄弟を討ち剣名を挙げる。一方、村上兄弟の同門の知心流の旗本・丹下典膳は、その場に居合わせながら村上兄弟に助太刀しなかったことを責められ道場を破門される。

「薄桜記」人物関係図

 原作の小説は長編なので、映画化に際しては色々と削られるのは当然なのですが、この映画ではそれだけにとどまらず、換骨奪胎を色々とやらかしてくれています。
 例えば映画DVDのパッケージでは足を負傷した丹下典膳が雪の中で戦う場面が描かれていますが、原作の小説でも雪の中で戦うシーンはあるものの足は負傷しておらず、しかも戦う相手が全く違っていたりします。
 又、丹下典膳が隻腕になるのは小説では割と早い段階なのですが、この映画だと一時間を過ぎてから。そのため、彼の隻腕の剣士というイメージは薄らいでしまっているような気がします。
 それから、小説では随所に出てきた、武士の義理がもたらす不条理さと悲劇が、痛快娯楽作品にすることであまり描かれなくなっています。

 とはいえ、原作の小説を抜きにしても、見所はあります。
 線の細い市川雷蔵の丹下典膳と、野太い勝新太郎の中山安兵衛のコントラストはいい味を出しているし、千春が夫の不在中に雛人形相手に話しかけるヤンデレっぷり(あるいはメンヘラか)も印象的です。
 そして何より、クライマックスでの戦闘シーンは壮絶です。雪の上で寝転がりながら瀕死の戦いを展開するというのは凄まじい。

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